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2017年12月19日18:28

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大橋未歩さん、テレ東看板アナ走り続けた15年「“笑い”ってすごく尊いものだと…」








 テレビ東京の看板アナウンサーとして活躍してきた大橋未歩さん(39)が、今月4日付で同社を退社した。スポーツやバラエティー、情報、報道番組など幅広く担当し、愛らしい笑顔で視聴者を魅了。惜しむ声は多いが、懸命に走り続けた約15年間のアナウンサー人生をいったんリセットし、新たなステージを模索していくという。退社後の初仕事となるインタビューで決断の理由や、今後について聞いた。



 11月26日、今月10日の2回にわたって同局系「モヤモヤさまぁ〜ず2」に出演。退社を知った、さまぁ〜ず・三村マサカズの熱烈オファーに応えての登場だった。

 「さまぁ〜ずさんの包容力で、最後に素の自分が漏れて、ポンコツぶりがバレてしまいました。今までアナウンサーとしてしっかりしなければ、と自分をどこか型にはめすぎていたので、それがなくなり気持ちも楽で、視聴者の方から笑ってもらえたのもうれしかったです。大江(麻理子キャスター)さんとの不仲説も一蹴できましたし(笑い)」

 退社日の送別会では同局の全アナウンサーによる“変顔”アルバムが贈られたという。



 「一人一人、全力の変顔なんですよ。表紙には私の変顔が集めてあって。最後も明るく送り出そうと、作ってくれたんだと思います」

 全力で駆け抜けた15年間だった。2002年に入社後、半年でスポーツ番組のキャスターに。バラエティー番組ではコスプレを披露し、グラビアにも挑戦。華やかなルックスと体当たりの仕事ぶりで、瞬く間に人気アナの階段を上った。

 「『大橋は本当に仕事を選ばないよな』とスタッフに言われていたのは、唯一誇れる部分かな、と。テレビ東京が好きだからこそ、必要とされたらうれしいし、何でもやりたい思いでいました」

 人気アナのプライベートは、さぞや窮屈だっただろう、と思いきや…。

 「窮屈だったこと…全くないです。マスクも変装もしませんし、牛丼屋さんも一人で行きます。区民プールにも。バレたら? 変なことはしてないですし…。電車にも普通に乗りますよ。隣に座っていたオジさまが突然メモを見せてきて『大橋さんですよね』と書いてあったこともありました」


 飾らない性格や表裏のなさそうな人柄も人気を支えたのかもしれない。
 「髪を切るのも3000円の所。回転ずし店で、お会計の時に『大橋さんに似てるね』と声をかけられて、『そう言われます』って答えたら『でも大丈夫だよ。大橋さんの方がもっと太ってるから』って(笑い)」

 無防備ゆえに、週刊誌に隠し撮り写真を掲載され、事実と違うことを書かれたこともあった。

 「まぁ、そういう仕事を選んだ以上、しょうがないかなと。ただ、大江さんとの不仲説もそうですが、ちょっとずつみんな傷つきますよね。否定するとまた大ごとになるし、分かってくれる人だけ分かってくれたらいいか、って境地にいきますね」

 五輪を取材したくてテレビ局を志望。頑張りと熱意が認められ、入社3年目の2004年アテネ大会で夢をかなえた。その後も北京、ロンドンと3大会取材。達成感めいたものもあった13年1月。軽度の脳梗塞(こうそく)に倒れ、約7か月半の療養生活を送った。



 「(ロンドン五輪後)燃え尽き症候群のようになって、どこに向かえばいいのか分からなくなって。頑張りたい、でも、どうやって頑張っていいか分からない。そうこうしているうちに脳梗塞になっちゃって。心と体がずれているな、と感じていた時でした」

 考え方は大きく変化した。

 「昔から向上心の塊で、一つ一つ自分なりに着々と努力して、設定した目標を越えるという人生を送ってきました。中学も大学も第一志望に合格して、アナウンサーになれて、五輪にも行かせてもらって。ただ、そういうものが脳梗塞で崩れたんですよね。努力を積み重ねていても、人っていつ死ぬか分からないんだな、確実に人は死ぬんだな、と思った時に、ゴールまでの準備で毎日を過ごすのではなく、一日一日を何かを感じて楽しむってことはすごく大事だな、と思ったんです。退社の理由は一つではないですが、いったんゆっくり心と体を対話させたいな、と」

 病気になり、“笑い”の持つ力を再認識させられたという。



大橋未歩さん、テレ東看板アナ走り続けた15年「“笑い”ってすごく尊いものだと…」


今後の身の振り方は「白紙」。急がずに道を選択する


 「私は“笑い”ってすごく尊いものだと思っていて。病気をしたから余計に感じるんですが、笑いたくても笑えない状況の人もいる。笑うことが明日への活力になるってことを、より実感しました。(幼少から育った)関西では笑いを取れる人が人気者。笑いによって生まれる和やかな輪というものがすごくいいな、と。みんなが楽しそうにしているのがうれしいんですよね。抽象的で漠然としているんですが、今後は和やかな笑いが生まれて『明日も頑張ろう』と思えるような空間づくりに携われたらいいなと思っています」
 退社して、今、改めて思うことは。

 「正直、寂しさはあまりないんです。今の自分がしっくり来ているというか。改めて、リセットするタイミングだったんだなと思いますね」

 今後の仕事については、全くの白紙。じっくり身の振り方を探るという。

 「中途半端な気持ちで歩き出すのではなくて、もう少し立ち止まってみてからでもいいのでは、と思っています。事務所に入る、入らないも含めて、心が決まってない状態で。深夜、ゴールデン、スポーツ、報道、書くこと、グラビアと、全く悔いがないほど15年間で多くの分野をやらせていただきました。同じことの繰り返しにはしたくないので、もう少し立ち止まって、お世話になった人たちに恥じない選択をしたいと思っています」

 “フリーアナウンサー”でないとすれば、当面の肩書は何になるのだろう。大橋さんの口からは、意外な答えが返ってきた。
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 「“ベテポン”っていいな、と。モヤさまのロケの終盤で、大竹さんが『ベテランの技術がたくさん詰まってたな』と言ってくださったので、私が『でもポンコツでした』と返したら、三村さんが『じゃあ“ベテポン”だな』って。私、無理していることに気付けないんですよ。高校の時も、5キロ走で自分のリミットを超えていることに気付かず、吐きながら走っちゃったり。以前は糸が張り詰めていた感じがするので、頑張らない自分も認めてあげたいというか。そういう意味で“ベテポン”が響いたのかもしれないですね。ポンコツでもいいじゃない、と。こうじゃなきゃいけない、と思い込んでいたものを少しずつ外せてきていると思うので、前より人にも優しくなれているんじゃないかなと思います」

 長年関わったスポーツの仕事も今後の選択肢にあるが、パラリンピックには思うところがあるという。

 「(脳梗塞で)入院したフロアには脳卒中の患者さんもいて、まひの方もいらっしゃいました。私もそうなっていたかもしれないし(健常者と)線を引く、区別するってことって、よく分からない。視聴者が五輪と同じく純粋にワクワクしながらパラリンピックを見る時に、伝え手として自分にできることはなんだろう、と考えたりはします。3回経験した五輪は“地球の運動会”って感じで本当に楽しかった。だから、まだ経験したことのないパラリンピックは、どんな風にキラキラしているんだろう、と想像したり」

20年東京五輪・パラリンピックにも関わりたい?

 「以前とは違う生き方をしてみたいので、目標は決めずに生きたい。よく言いますけど、人生は一度きり。人のご縁に沿って、いい意味で流されていくのがいいかな、と」


 ◆大橋 未歩(おおはし・みほ)1978年8月15日、神戸市生まれ。39歳。神戸女学院高等学部卒業後、1浪して上智大法学部に入学。2002年、テレビ東京入社。スポーツ番組や「所さんの学校では教えてくれないそこんトコロ!」「やりすぎコージー」などバラエティー、情報番組「よじごじDays」などを担当。11年、FP(ファイナンシャル・プランニング)技能検定2級取得。12年、早大大学院スポーツ科学研究科修士課程1年コースに進み、修士を取得。13年1月、軽度の脳梗塞と診断されたことを公表し療養。同年9月に復職した。









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