日が落ち始め、辺りが薄暗くなってゆく。
駅周辺の賑わいは落ち着き、人々の熱狂も徐々に冷め始める頃。
私達は分社のある社に集まり、最後の準備を始めていた。
「明かりは狐火と鬼火でどうにかするとして、ステージも用意せねばの」
子狸とその一族がゾロゾロと現れて設営を行ってゆく。
そんな中、鈴音殿がこそこそと何処かへ行こうとしていることに気付いた。
ははあ、そういえば。
「子狸は360匹もの同族を集めて凄いの。 そういえば鈴音殿はどうじゃった?」
ピーンと尻尾を逆立てて、ぎこちなく鈴音殿が振り返る。
額からは滝のような冷や汗がだらだらと流れ、威厳もへったくれもない。
「え、えーっと。 鈴音ちゃんは、ほら、仕事とか忙しくて−−」
「確か200は集めてみせると言っておったのー?」
「−−せんでした」
「ほ、何か言ったかの?」
「集められませんでしたって言ってんのよ!」
ムキーと悔しそうに地団駄を踏みながらそう言ってのける。
まぁ、私も子狸が300も集められると思っていたからその気持は分かる。
だが、神様が約束を違えるのはよろしくない。
「まぁ、会場の設営は狸たちに任せるとして、鈴音殿にはステージで頑張ってもらうかの」
「し、仕方ないわね! 狸達で足りるんなら、別に狐は必要ないわよね!」
「えっ?」
「なんでもないです! ステージ頑張らせてもらいます!」
尚もゴニョゴニョ言っていたが、来年以降も精々手伝ってもらうことにしよう。
来年は200集められると良いがの。
一方狸達はポンポン变化してはステージを形作ってゆく。
組み上がったステージは中々どうして素晴らしい出来だ。
無理して武道館へ『みちおくり』して実物を見せてやった甲斐があるというものよ。
流石にあの大きさを再現する広さはないので、小さくはなっている。
しかし、360の狸達は見事に縮小したステージを再現してみせた。
やっぱり狐よりも狸の方が凄いのではなかろうか。
『そらみみ』の音響をチェックしつつ、リハーサルを行ってゆく。
初めて舞台に建つオキツネーズ with 幽霊(今命名)は終始緊張していた。
今は人間は居ないが、果たして本番でも上手く行くのだろうか?
===
そうこうしているうちに日が落ちきる。
辺りは暗闇に包まれ、駅と商店街の辺りが明るく光り輝いていた。
さて、あの場所からこのメインステージまで誘導してやらねばな。
「それでは子狸と狸一同と外人、そしてオキツネーズと幽霊も頼んだぞ」
段取りを確認し、むんと気合を入れる。
その瞬間、街から明かりが消え『やみよ』が訪れる。
事前に聞かされていた商工会議所の一同が人々を落ち着かせてゆく。
流石は商店街の主、なかなか素晴らしい手際よ。
そのまま順々に駅から商店街の街灯が点いてゆく。
明かりは商店街を抜け、田畑へ。田畑からは狐火と鬼火が順々に点り始める。
火は田畑を抜け、八幡神社を抜け、そしてここ尾三輪の分社へと続いていた。
人々は商工会議所の手配した人間の誘導にしたがってこちらへ近付いてくる。
徐々に虫の鳴き声以外の声が聞こえ始め、皆に緊張が走る。
いよいよ、このハロウィン百鬼夜行が始まるのだ。
オキツネーズ with 幽霊も覚悟を決めて、その時を待っていた。
人の波を折り紙でできた動物たちが提灯を持って練り歩く。
それはさながら鳥獣戯画のようであったという。
八幡神社を抜けて奥の分社への山道を登っていると、
どこからともなくお囃子の音色が聞こえてくるではないか。
それに伴って周囲の明かりも徐々に大きくなっており、目的の地が近いことを想起させた。
やがて、人の波は広い場所ヘと辿り着いた。
途切れた木々から満天の星空と月が顔を覗かせている。
正面にはステージ、この田舎でよくまぁ用意したなという規模である。
思い思いに広場に人が座ったりし始める。
中には音楽に合わせて踊りだすしゃれこうべやら、
若い男を暗がりに誘い込んで木に吊り下げる女郎蜘蛛やらも居たが、
既に人々はそんな光景を不思議に思わなくなっていた。
広場に入れなかった人々は八幡神社の境内にたむろしていた。
また、人の波に混ざらず田んぼで酒を酌み交わし続ける者も居た。
そんな人々の眼前の空中に、突然モニターが表示された。
モニターには奥の分社のリアルタイムの映像が表示されている。
どこからともなくお囃子が風に乗って聞こえてくる。
更に、とある病院の病室で街の騒ぎを見ていた患者は、
パッとTVが点いた事に気が付いた。
TVには奥の分社の喧騒が映し出されていた。
これは如何なる妖術か、だが彼はTVから目を離せずに居た。
そしてここは隣町。
一名町と同じぐらい寂れたこの町では夜中にうろつく若者も殆ど居ない。
だが、今日はチラホラと家の外に出ている者達が居た。
彼等は一名の町がある空を見て、そこに映ったステージを見てポカンとしている。
【 尾三輪ハロウィンパーティー始まるよ☆ 】
===
ステージに、煙幕のようなものが焚かれ始める。
いよいよ何かが始まる、人々は思い思いステージに目を向ける。
スマートフォンを取り出した者も居たが、
なぜかスマートフォン、いや電子機器が使えなくなっていることに気付く。
上手いこと電子機器を無効化できたことにホッと安堵する。
子狸達は上手いことやってくれたようだ。
幽霊と外人によるステージの外部配信も上手くいっている。
ここまで来るともはや私にできることは殆どない。
私は『そらみみ』による音響の調整に全神経を注ぎ始める。
やがて煙幕が晴れると、衣装に着替えた夕香、鈴音、幽霊の姿があった。
「うぉー、鈴音様―! 今日も可愛いねー!」
「夕香!夕香じゃねぇか! 80年ぶりだなぁ!」
「えっ、あの娘って幽霊ちゃん?」
広場に居た、夕香や鈴音の姿を知った妖達が口々に騒ぎ出す。
人々もそんな声に壇上の3人の名前を知って名前を呼び始める。
更にどこぞの河童が3人の名前を順々にコールし始めると、
やがて人も妖も3人の名前をコールし始めた。
そんなコールの中、鈴音殿がズイッと前に出て柏手を打つ。
スッと、何か不思議な気の流れと共にコールがピタリと止んだ。
なるほど、流石は神様といった感じだ。
===
「みんな、今日は来てくれてありがとね!」
《 うぉぉー! 》
「今日はここに居る尾三輪の夕香が企画したハロウィンへようこそ!」
《 ヒュー! すげぇぞー! やるじゃねぇかー! 》
「まだまだ夜になったばかり、ハロウィンはここからが本番よねー?」
《 そうだー! そうだそうだー! ゲコーッ! 》
「それじゃあ、先ずは私達の紹介から! 気合い入れていくわよー!」
《 シャー! キキーッ! イェーイ! 》
「最初は私、深鈴八幡神社の鈴音ちゃんよ! みんなヨロシクね♪」
《 ノリノリじゃねーかぁ! でも可愛いぞー! 》
「次に幽霊ちゃん! 商店街に住んでる笑顔が可愛い娘だからヨロシクね♪」
《 幽霊? 商店街の和洋折衷カフェで見たことあるー! マジかー! 》
「最後にー、主役の夕香殿! ほらほら、前に出て挨拶しなさい♪」
「ええい、うては夕香! この尾三輪の社を管理しておる! 皆、宜しく頼む!」
《 夕香ちゃん可愛いー☆ 夕香姉ちゃん、オレ来たよ! 》
「さーて、じゃあ長々と話していても仕方ないし、一曲いってみよー!」
【【【 青の一番星! 】】】
===
『 声をあげることもなく
ひとり静かに 夕焼け前 空に輝いた 』
ステージの背後から、いくつもの狐火が大きく舞い上がる。
同時に狸達が一斉に狸囃子の大合奏を始める。
『 あの星のそばにある あこがれの場所
地図のまだ外側 遠く広い世界』
背後のモニターに、明かりの消えた一名町が映し出され、
分社を起点として商店街から順々に明かりが点ってゆく。
『 誰もみたことのない 道を選んで
歩き続けてれば きっと辿りつける 』
商店街から、駅。そして街全体の明かりが一斉に点った。
次いでモニターの映像は再びステージ上に戻ってゆく。
元気一杯の鈴音、笑顔が弾けた幽霊、そして楽しそうな夕香。
3人はステージの上を、飛び、跳ね、駆け回った。
『 風に吹かれ 背中あずけて 自由に走れ
悩みすぎてもしょうがないよ
脱ぎ捨てていけばいい 』
最初に出会った頃の夕香は、もう居ない。
ただ、楽しそうに笑い合う夕香達がそこには居た。
===
「2番、いくよー!」
大きな歓声に負けじと鈴音の声が響き、2番が始まった。
『 楽しいこと探してた あちらこちらへ
特別じゃない日も 空は遥か青 』
幽霊が上空を指差し、追従するように青い鬼火が昇って、天に弾けた。
『 用意してくれたのは 光る舞台ね
もっと前に出ないと ちょっともったいないよね 』
鈴音と幽霊が夕香の背を押し、夕香がステージの前に出てくる。
夕香は驚いた様子だったが、すぐに笑顔となって踊り出す。
バーンという大きな音と共に狐火が乱舞し、夕香達の横顔を朱に染めてゆく。
『 月の灯かり 道を照らして教えてくれる
面白いのはこっちだよと 自然体
いいんじゃない? 』
狐火に混ざり、鬼火が乱舞を始める。
紅と蒼の火の玉が、幻想的に3人の横顔を照らし出す。
フッと、一斉に火の玉が掻き消えた。
3人が腕をゆっくりと持ち上げ、指先が真っ暗な夜空を指差し、
夜空のスクリーンに夕香、幽霊、鈴音が映し出されてゆく。
『 この夜空の思い出を
あたしの色に染めてく 一番星 』
最後に夕香の満面の笑顔が映し出され、大きな歓声が上がる。
再び狐火と鬼火が入り乱れ、夜空とステージ上の夕香達を彩ってゆく。
そして−−
===
『『『 あたしらしく 新しくなれ !! 』』』
===
夕香達が歌いきり、狸たちの演奏が止んだ。
肩で息をしながら動きを止めた彼女達を、爆発的な歓声が包み込む。
誰も彼もが、夕香を、幽霊を、鈴音を見ていた。
祝福するように、狐火と鬼火が彼女たちを取り囲んで跳ね回る。
人も妖も関係なく、所によっては肩を組みながら声を上げていた。
「ほら、夕香。 みんなに言うことがあるでしょ」
鈴音殿と外人に促され、夕香がステージに上る。
夕香はおずおずと、だが決意に満ちた表情で息を吸い込む。
「うては、皆と仲良くしたい! これからも、この先もずっと!」
歓声が上がる。俺も、オレも、アタシも、俺っちも、私も−−
広場のあちらこちらから同意の言葉が投げかけられる。
広場だけでなく、商店街や、田んぼや、病院からも、風に乗って聞こえてきた。
「ありがとう! みな、本当、に、ありがとうっ!」
ワーッと、街全体を揺るがすような声が上がった。
誰もが笑顔だった。夕香も、笑顔だった。
「うむ、では皆の者、宴じゃぁー!」
その一声と共に夕香がステージから飛び降りる。
手にはいつの間にか一升瓶が握られている。
鈴音殿が何か夕香に言っていたが、歓声に埋もれて聞こていない。
「そぅれ飲め飲め、練り歩け! 今宵は『はろうぃん』、百鬼夜行ぞ!」
妖達が一斉に分社から駆け下りてゆく。
人々は酒瓶を片手にその様子をイベントと思って囃し立てる。
何人か気絶したが、写真等は残らないから問題なかろう。
===
私はその様子を、ステージの横側からじっと見つめていた。
こんな時、どんな面をすれば良いのだろうか。
言葉にできない想いを示すかのように次々と面が変わってゆく。
その面の変遷が、ある面でピタリと止まる。
魔女面。能面には相応しくないが、ハロウィンには相応しいそれ。
この面は一体、『誰に貰った面』だっただろうか。
ステージ上で笑顔の幽霊。
やり切った顔の仲間の狸達に小突かれている子狸。
夕香の為に活動していたのは、これに私を加えた『3人』だった筈。
はて、遠い昔に外から来た妖怪にでも貰った物だったかな。
そう結論付けて、ステージを降りた夕香達の所へ向かった。
===
ぽんっ。
ステージが小さな音とともに掻き消える。
続いて音が響き、次々と化けていた狸達が現れ始めた。
子狸は、笑顔であった。
狸の仲間たちも、笑顔であった。
夕香も、幽霊も、面ちゃんも。人も、妖も、みな笑顔であった。
ぽんぽこ、ぽん。
子狸が腹を鳴らすと、狸たちも腹を鳴らしだした。
それはやがて大きな狸囃子となってゆく。
狸囃子に合わせて、子狸が踊り出す。
狸たちも、妖たちも、踊り出す。
驚いていた人間たちも踊り出した。
『一名だいずのたぬき踊り』
狐神との勝負に勝ち、狸達から絶大な支持を受けた化け狸。
妖の歴史に名を残した『だいず』の、最初の功績であった。
===
そんな広場の様子を、独り見上げる者が居た。
彼は一名の町を歩きながら、その姿を夜空に映し続けてゆく。
だが、彼のことを覚えている人も、妖も、一名にはもう居ない。
それが彼、魔法使い『ノーマン』の在り方なのである。
彼には人から忘れられ、消え行く夕香を見捨てる事などできなかった。
彼自身が、訪れた町に忘れられてゆく存在であったから。
故に、ノーマン。名前を持たない男。
今日もまた、彼は町に別れを告げる。
けれど彼の足跡は、一名のハロウィンとして確かに町に根付いたのだ。
『さようなら』
電車に乗り込み、一名の町と夕香達に、そう言った。
===
翌日、ハロウィンが終わった一名の町は再び静けさを取り戻した。
だが、商店街の一角にある和洋折衷カフェだけは様子が違っていた。
「おーい、八重ちゃーん!」
道行く人々が、カフェの席に座った『淑女の八重』に声をかけてゆく。
あの夜のステージは、彼女の日常を一変させた。
道行く人はみな八重に気付き、声をかけ、親しく接してくれる。
彼女の踏み出した一歩は、彼女の有り様を変えてしまった。
でも、彼女はそれを喜んで受け入れた。
今でも彼女は、淑女に憧れる幽霊だ。
でも、ただ消えるのを待つだけの名も無き幽霊なんかじゃない。
『淑女の八重』は、一名の商店街で永きに渡って愛され続けた。
===
秋も終わり、一名の町に雪がちらつくようになった頃。
面ちゃんと、だいずと、八重の3人は尾三輪の分社を訪れる。
分社はちゃんと綺麗に清められ、神気のような清廉な気配が漂っていた。
『尾三輪の夕香』は、あのハロウィンの夜から一躍有名人となった。
彼女の居る分社には参拝客がひっきりなしに訪れ始めた。
夕香は常にそこに在り、人々と触れ合うことを喜んだ。
ちなみに、深鈴八幡神社の参拝客も一気に増えた。
尾三輪分社の道中にあることもあり、
深鈴八幡に参拝してから尾三輪を参るというルートが生まれた為である。
八幡の鈴音はそれに気を良くしていたが、
うっかり狐と狸の勝負について夕香が他の狐神に漏らして以来、
参拝ついでにからかわれることとなった。
そのため、夕香にぷんすか文句を言っている姿をよく見かけるが、
あのハロウィンの夜を知る者達は微笑ましそうにその様子を眺めるのであった。
===
ちゃりん。
がらん、がらん、がらん。
お賽銭を放り込み、鈴緒を引っ張って鈴を鳴らす。
二礼二拍一礼をし、しばらく待つ。
「誰ぞ尋ねてきたのか!」
スパーンと小気味良い音を立てて、戸が一気に開かれる。
中から出てきた狐の耳と尻尾を生やした童女はポカンとし、
見知った連中であると気付いた途端に笑顔となった。
彼女はもう、独りではないのだ。
===
「くぅー、泣ける話じゃないですか」
「よ、よがっだでずねぇ。 ぐすっ、ひどりじゃなぐなっでぇ」
「私も聞いたことがありますよ、一名のハロウィン百鬼夜行」
「う“ん”、俺も聞いたことあるけど、こんな話だったんだねぇ」
「この話を聞く限り、池袋のハロウィンの先駆けってのも本当みたいですね」
「あー、来年は俺も池袋じゃなくて、一名に行ってみようかねぇ」
「友達を誘って行ってみれば良いんじゃないですか?」
「おう、そうするつもりよぅ」
「ラジオを聞いてる妖の皆さんも、行ってみては如何でしょうか」
「一名の町で、俺と握手!」
「あ、そういえば写真も一緒に送られてきてましたよ」
「えっ、もしかして夕香ちゃんとか、鈴音ちゃんとか、八重ちゃん?」
「後は、ハガキを送ってくれた一名学園の面霊気と、ごんず狸さんですね」
「うわっ、オキツネーズ with 幽霊の娘たちメッチャ可愛い!」
「おー、八幡の本殿かな? 皆さん何とも若々しい」
「あれっ、この外人っぽい人って誰だ?」
「話には出てこなかったですよね?」
「もしかして関係者だったりするのかねぇ」
「何処かでこのラジオを聞いて、歯噛みしているかもですね」
「一名学園の面霊気さんも、悪気はないと思うので許してあげてね!」
===
−・−・・−・−
トンネルに入ってラジオが途切れてしまったので、
仕方がなくポケットに仕舞い込んで、外を見やる。
また、あの町に行ってみるのも悪くないかもしれないな。
懐から写真を取り出して、そう思った。
〜 おわり 〜
===
【あとがき】
システム:ゆうやけこやけ
シナリオ名:狐の社で
GMと、PLの皆さんのお陰で楽しいセッションが出来ました。
ありがとうございます。
推敲なしの一発書きだったので読み辛い点、おかしな点がいくつもあったと思いますが、
ここまで長々と読んでくれた方々に感謝を。
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