オレが目を覚ますと先程まで居た学園の風景は一変し、
真っ暗な空間だけがどこまでも広がっていた。
キョロキョロと辺りを見回しても何も見当たらない。
七不思議には別の世界に連れて行かれるものもあったような気がする。
もしかすると、新しい七不思議はそういう類のものなのかも。
ぺたっ、ぺたっ。
しばらく歩いてみても風景は変わらない。
異世界鏡の七不思議なら反対になった学園の風景になるはずだし、
やっぱりこれは全然別の七不思議なんだろう。
ぺたっ、ぺたっ、たっ、たっ。
何か変な音が聴こえたような気がしてオレは足を止める。
じっとしながら耳を澄ませていると、オレのものじゃない足音が聴こえてきた。
思わずオレは駆け出した。何かが追いかけてきている。
たっ、たっ。こんこんこんっ。
何かが走る音が聴こえ始めた。ヤバイ、近付いてきている!
オレは学園の廊下を走っていた時と同じく、いやそれ以上に速く走り出した。
ここは勝手知ったる学園の廊下じゃないことがオレをそうさせた。
こっこっこっこっこ。
何か硬いものが地面を蹴りながら走ってくる。
背中を見ている余裕なんてない。ただひたすらに暗い世界を走り回る。
不思議と息はあがらない。汗もかいていない。
でも、オレにはそれを不思議に思っている余裕なんてなかった。
「つーかまーえた」
そんな声が聴こえて、肩に冷たくて硬い何かが触れた。
ソレはがっしりとオレの身体を捕まえて、離さない。
ああ、もうダメだ。これでおしまいか。
せめて相手の顔を確認しようと思って振り返った先に居たのは、人体模型だった。
なんだ、走る人体模型か。
オレはほっと安心した。こいつは有名で、オレだっておまじないを知っている。
「ひっ、貧弱!貧弱!」
オレはちょっとどもりながらも『おまじない』を唱えた。
これでコイツは動かなくなって、お面が剥がれる筈。
−−いや、待てよ。
オレはそこでようやく気付いた。こいつ、お面を付けていない。
理科室にいつも置いてある、皮膚が剥がれた人体模型の素顔。
違う。こいつは七不思議の走る人体模型じゃない!
ニヤリ、と。人体模型が笑ったような気がした。
安心しきっていたオレの心臓が大きな音を立て始める。
あっ、ああっ。もうダメだ、お終いだ。
「は、離れるの、じゃ!」
突然、オレじゃない声が聴こえて身体がふっと軽くなる。
そして、オレと人体模型の間に誰かが割り込んできた。
その娘は頭に狐の耳を生やし、尻尾を震わせながら立っている。
人体模型はおの娘を見て苦々しそうにしているが、この娘は一体?
ジリジリとその娘は人体模型と距離を取る。
そして、ばっと振り返ってオレの手を引っ張ってどこかへ走り出した。
「フハハハハハハハ!何処へ逃げるというのかね!」
オレは無我夢中でその娘に付いていく。
後ろからはカツカツと人体模型が走ってくる音がする。
大きな笑い声を上げながら、人体模型は追いかけてくる。
だけどオレはあんまり怖くなかった。
それは、さっきまでと違って一人じゃないからだ。
女の子に助けられるなんて男として情けないが、それは仕方がない。
それに、この娘の手を握っていると不思議と安心できる。
この娘の足取りはしっかりしていて、明確に何処かへ向かっているような気がする。
しばらく走っていると、大きな鳥居のようなものが見えてきた。
その鳥居の向こうは少し、明るい。
この暗い世界の中に見えたその光が、オレには出口のように思えた。
===
「も、もう少しですよ−−じゃ!」
女の子と一緒に鳥居ゲートをくぐる。
ふわっと身体が浮いたような感覚と共に、オレ達は学園の廊下に出た。
後ろから、ガァンという大きな音が聞こえたが、人体模型は出てこない。
どうやらアイツはあの鳥居を潜れないみたいだ。
オレは女の子の前だけど、大きく安堵して床にへたりこんだ。
やった! なんとか無事に戻ってこれたみたいだ。
お礼を言おうと思って女の子の方を見たオレは、また驚いた。
す、透けてる!?
身体が透けた女の子は少しもじもじとしていた。
改めて見ると、なんだか古い感じの紫の和服を着ていることに気付いた。
身体と一緒に揺れる狐耳と尻尾も合わさって、なんだかとっても可愛い。
「えっと、あの、これで大丈夫、じゃよ!」
「お、おう。 ありがとう!」
突然声を上げたからビックリした。
でも、この娘のお陰で助かったんだからこっちがビビってちゃ失礼だよな。
とりあえずお礼を返したけど、どうしよう。
「あのっ、私は八幡神社の裏手の、えっと奥の社に居る、夕香って言うんです!」
「ゆ、夕香って言うのか! へ、へぇ!」
夕香と名乗った女の子は所々噛みながら自己紹介をしてくれる。
お、おう。そうか。オレは勢いに飲まれてオウム返しに言葉を返すので精一杯だ。
でも、八幡神社の奥に社なんてあったっけ。
八幡神社には父ちゃんや母ちゃんと行くこともあるけど、奥に行ったことはない。
あっ、でも爺ちゃんがそんな事を言ってたような気もするな?
ぼんやりとした頭でそんなことを思い出す。
あれは確か、爺ちゃんの父ちゃんの父ちゃんに連れられて、
山の奥でしこたま酒を飲まされたって話だったような気がするけど−−
キョトンとしたオレの様子を見て、夕香はキョロキョロと辺りを見回す。
しばらくそうして、やがてウンウンと頷くとこっちへ近付いてきた。
「も、もしよかったら、一度お社に来て欲しい、じゃ!」
真っ赤になりながらそれだけ言って、夕香は何処かへと走り出した。
えっ、ちょっと待って。まだ聞きたいことが−−
そう思ったオレは立ち上がろうとして、床に倒れ込んだ。
あれ、だめだ、何だか眠い、や−−
そしてオレは意識を失った。
===
意識を失った少年を抱えながら、俺っちは夜の学園を歩いていた。
隣では幽霊ちゃんがふよふよ浮きながら真っ赤な顔をしている。
時折心配そうに少年を覗き込んでいるが、これぐらいなら平気だっての。
教室に辿り着き、少年の夢を覗き込んだ幽霊ちゃんに机まで案内してもらう。
ほどなく見つけた机から、少年の忘れ物らしきノートを取り出す。
よっし、これで後は守衛室の前にでも寝かせておきゃいいだろうよ。
再び元来た道を戻りながら、幽霊ちゃんと仕掛けたドッキリを思い出して笑う。
気絶した少年を見た俺っち達は、少年を驚かせようと画策した。
いや、幽霊ちゃんはあんまり乗り気じゃなかったけど、そこはゴリ推した。
気絶した少年に取り憑いた幽霊ちゃんを通じて、少年の夢に侵入。
人体模型に少年を追いかけさせ、『おまじない』が効かない事を実感させる。
これで少年は思いっきり怖がるだろうから、そこで助けの手を差し伸べる。
幽霊ちゃんがそのまま出てきてもいいんだけど、それじゃぁ2流よ!
幽霊ちゃんをプロデュースしている俺っちは、
この機会を利用して夕香もプロデュースしようと画策した。
幽霊ちゃんには『夕香の姿』に変わってもらい(夢だからね!)、少年を助ける。
そのまま夢を切り替えて学園の廊下に戻して『夕香の自己紹介』をさせる。
これで少年は助けてくれたのが『夕香』だと思うだろうし、
もしかすると山の奥の社に足を運んでくれるかもしれない。
幽霊ちゃんも、そのままの姿じゃ少年に会う勇気はなかったかもしれないけど、
『夕香』に化けている状態なら何とか上手く話せたみたいだ。
これをキッカケに人間にもっとアクションをかけてくれるといいんだけどよぅ。
寝ている少年と、忘れ物をそっと守衛室前の廊下に置いておく。
よし、これで後は俺っちの人体模型を理科室に戻して−−
「あー、こら。 面ちゃん、まーた子供を怖がらせてたのかい」
ピタリと俺っちは動きを止める。
人体模型の身体を、懐中電灯の光がゆっくりと照らしてゆく。
(やっべぇ、守衛のおっちゃんが戻ってきてやがった)
俺っちは火男の面を左右に揺らしながらぎこちなく振り返る。
守衛のおっちゃんは苦笑いをしながら足元の少年とこちらを交互に見ている。
「私もね、長いことここに居るから君の事は知っているが程々にしときなよ」
「な、なんのことでぃ。 俺っちはただの愉快な火男だぜぇ?」
「面はそうでも身体は人体模型じゃないか」
しまった、そうだった。
驚かせようと思って、いつものスーツを着るのを忘れていた。
だらだらと面に汗をかきながら、幽霊ちゃんの姿を探す。
いた。
幽霊ちゃんはちゃっかりと廊下の暗がりに隠れたようだ。
とりあえず胸を撫で下ろす、どうやら幽霊ちゃんは気付かれていないようだ。
「大人になればいい思い出になるかもだが、子供にはトラウマに−−」
「あぁ! 俺っち用事を思い出したんだった!」
直後、守衛のおっちゃんが、すってんころりんと転ける。
その様子を尻目に、俺っちは一目散に理科室へと駆け出した。
ひゃー、お説教なんて勘弁してほしいぜ!
人体模型を元の位置に戻しつつ、俺っちと幽霊ちゃんは夜の校舎を飛び出した。
〜 その6に続く 〜
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