「ふぅむ、幽霊というのも難儀なものよな」
夕香はピコピコと楽しそうに人形の手足を動かす幽霊を見ながらそう言った。
確かに壁をすり抜けられるのは便利そうだが、
物に触れられないというのは予想以上に不便そうじゃの。
だがまぁ、小狸と戯れている幽霊の様子は楽しそうなので今は良しとしよう。
しかし幽霊のような存在のことも知らない夕香は、
もしかすると私が考えているよりもずっと引き篭もり気味なのではなかろうか。
今でこそ少なくなったが、幽霊はそう珍しい妖ではない。
下界に頻繁に下りているなら、その存在ぐらいは知っているはず。
かくいう私も面霊気として生まれてからは人々と共に一名で暮らしている。
江戸から明治、大正から昭和、そして平成。
移り変わる日々を、人ともに歩んできた。
だが、この夕香と呼ばれた狐神はずっとこの社に居続けたのかもしれない。
そんな夕香の事をもっと知りたいと思った私達は、
夕香のことについてあれやこれやと尋ねてみた。
彼女は御年500歳の化け狐。この尾三輪で成った妖ということだ。
ひょんなことから人と触れ合い、いつしか狐神として祀られるようになった。
それから500年ほどこの社で暮らし続けているとのこと。
下の八幡神社は300年ほど前に建てられたものであり、
そこに住む同じく狐神の『鈴音』とはそれなりに仲良くしているらしい。
だがその鈴音ともかれこれ80年ほど会っていいないということだ。
それは丁度、人がこの社に訪れなくなった頃だとも夕香は言っていた。
自分のことを話し終えた夕香は、私達の話を聞きたがった。
外人は魔法使いとして様々な街を旅しているということ。
魔法を会得するにあたって名前と記憶を失ってしまったということ。
折り紙に命を吹き込む魔法を使える事を話した。
子狸はこの辺りの山に住んでいる化け狸の一族だということ。
まだまだ变化は未熟なれど、のんびりと生きていこうと思っているということ。
普段は山々を駆け回っている事を話した。
幽霊は下界の一名町の商店街にある、本格派和洋折衷カフェに居るということ。
ラジオやテレビから入ってくる断片的な情報から、頑張って淑女像を作り上げたこと。
素敵な大人の女性になりたかったのになれなかったことから、
『淑女』という概念に強い憧れを抱き続けている事を話した。
私は自身が一名町唯一の学園に住んでいる面霊気であるということ。
学園ができる前は寺子屋に住んでいたということ。
妖怪は人間を驚かしてなんぼだから、驚かし続けているということ。
まぁそのせいで、弱点その他諸々がすっかり知られてしまっている事を話した。
===
夕香は楽しそうにそれらの話を聞いている。
楽しそうにしているその姿は見た目そのまま、可愛らしい童女のようだった。
「うーむ、うて等の話を聞いておるととても楽しそうじゃのう」
なんとなく、彼女の様子から気付いていたがどうやら彼女は寂しいらしい。
私達の話を聞いて、羨ましそうに尻尾をぴこぽこ左右に揺らしている。
−−ふうむ、これは。
そんな話をしていると、気付けば夕暮れとなっていた。
しかし、何やら雨が降り始めたらしく、辺りはとても暗くなっていた。
おっと、そろそろ帰らないとまた警備員に小言を言われてしまう。
私はゆっくりと立ち上がり、一度帰ると夕香達に告げる。
「ふむ、では私は一旦学園に帰るとするかのう」
夕香は何か言おうとして、グッとそれを押し込めたように見えた。
まぁ、何を言わんとしたかは想像がつくが、それは私の想像でしかない。
帰り支度をしていると、幽霊も一緒に憑いていくと言った。
確かに彼女であれば雨粒が身体を濡らしてしまうことはあるまい。
外人と小狸は雨が止むまでこの社に居るということだ。
特に外人は今夜の宿を考えていなかったらしいので、泊まっていくつもりのようだ。
皆に別れを告げ、暗い山道を降りてゆく。
幽霊と他愛もないことを話しつつ、山を抜け、田んぼを抜け、町に戻ってきた。
そのまま学園へと戻った私は、学校の廊下に灯った明かりを発見した。
その明かりはゆらゆらと小刻みに揺れながら廊下を進んでいく。
ふぅむ、なるほど、なるほど。
どうやらあの明かりの元には子供が居ると見た。
警備員であればあれほどゆっくりと歩くことはないだろう。
あれは怖がりながら夜の校舎にやって来た子供の歩き方だ。
私の妖怪としての悪戯心が、ざわりと騒いだ。
「幽霊、ちょっいと手伝ってもらってもいいかの?」
今この場には幽霊が居る。
どうせならいつもと同じではなく、ちょっと趣向を凝らしてみたい。
そう思った私はカッカッカと翁の面を動かしながら学校へ入っていった。
===
「あーもう、宿題なんてなくなればいーのに−−」
夜の学園は薄暗くて、怖い。
他の学校はどうか知らないけど、うちの学校には七不思議がちゃんとある。
花子さんだったり、迷い鏡だったり、コックリさんだったり。
誰かが数えたところ、実は7個以上あるらしいけど七不思議は七不思議だ。
特にその中でも『走る人体模型』だけはほぼ毎週噂になっている。
まぁ、その殆どは『おまじない』を唱えて無事解決、というものだけど。
だからオレは少し安心して暗い廊下を歩いている。
廊下に出るのは人体模型だけ、おまじないも知っている。
怖がる必要は、ないはずだった。
ぽっ。
廊下を歩いていたオレは、なんだか廊下が明るいことに気付いた。
非常灯の緑色の光ではなく、何だか青白い光のような−−
でも、そんな学園七不思議は聞いたことがない。
まさか、新しい七不思議なんじゃ−−
思わずビビっちまったオレは、少し早足で廊下を進んでいく。
たったった。たったった。たったったったった。
最初は早歩きで、やがて駆け足で、最後には全力疾走で。
だけど、いくら走っても走っても自分の教室に辿り着けない!
だんだん息が切れてきたオレは足を止めて、ゆっくりと呼吸を整える。
横の教室を覗き込んでみるが、全く知らない教室だ。
入り口の札を確認してみると−−
『5−弐拾漆』
なんて書いてあるかは分からないけど、ヤバイってことだけは分かった。
1つ1つの教室を確かめるようにゆっくりと歩いてみる。
教室の中はどれも一緒みたいだけど、入り口の札はどんどん変わっている。
多分、この廊下はずうっと続いているに違いない。
オレはため息を付いて足を止めた。
携帯電話を取り出して友達に電話を掛けてみる。
−−どれだけ待っても友達は電話に出てくれない。
諦めて外を見たオレは、そこに浮かんでいる『火の玉』に気付いた。
その青い火の玉は、オレがよく見えるようにゆらりゆらりと揺れている。
あぁ、なるほど。新しい七不思議だな、これ。
そう思った辺りでオレは気絶した。
「ほっほっほ、初めてにしては上出来じゃの」
幽霊が出していた鬼火を、ぽんっと消す。
社からの帰りの道中で幽霊が鬼火を使っていたので思いついた悪戯だが、
思いの外上手くいったようだ。
七不思議は増えないと思っておったようだが、甘い甘い。
我ら妖怪は至る所で新しく生まれているのだから、七不思議もそれに合わせて増えていく。
特に学校系の妖怪は子供を脅かす事を生き甲斐としている者も多いので、
この子供のように油断している者に喜んで襲い掛かるものよ。
さて、とりあえず気絶させてしまったがどうしたものか。
これで終わりにしてもいいし、もうちょっと驚かしてもバチは当たらんじゃろう。
そんな風に考えておると、幽霊が心配そうに子供に寄り添っている。
なるほど、どうやら幽霊は驚かしてしまったことに罪悪感を覚えているらしい。
どうやら彼女は、人間に対して何かアクションをしたことがないとのこと。
−−なるほど、彼女が住処の喫茶店から出ないのもその為か。
夕香と幽霊。どうやら二人共ひどい引き篭もりの気があるらしい。
そう考えていた私の面に、1つのアイディが浮かんだ。
〜 その5に続く 〜
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