まなにゃーさんが、「今日も何処か行きたいんだよ

」と仰るので、18切符ツアー第二段、出石行きの計画を立ててみた。
四条発6時4分の地下鉄で出発。
京都では、亀岡行きを遣り過ごし6時37分発の福知山行きに乗車した。
山陰本線で福知山まで向かうのも、もう10年以上になる。
車輛は221系4連と223系2連の6輛編成。
223系の2輛が終点の福知山まで行く。
車内はかなり込み合っている。
うとうとと微睡みながら列車に揺られている。
山陰本線は、嵯峨からは保津川に沿って進む。
保津峡を抜け、亀岡盆地を進む。
そして、分水嶺を越え由良川沿いを走る。
8時38分、福知山に到着。
同じ京都府内の移動であるが、単線の各駅停車だから2時間も掛かっている。
福知山の駅が高架になっていて驚く。
今は何処もかしこも高架にしたり建て替えたりしたり、段々と駅の個性が無くなっている。
8時54分発の豊岡行きに乗車。
車輛は223系だった。
福知山から先の乗車も、勿論10数年振り。
由良川水系の牧川を走り、上夜久野からトンネルを抜け円山川沿いを走る。
和田山で播但線と接続し、かなりの乗客があり超満員に。
和田山は鉄道の町で、交通の要衝だった。
機関区の跡が広い空地となっており、朽果てた赤煉瓦の機関庫が、名残を残していた。
10時09分、ようやく豊岡に到着した。
ここからは10時35分発の全丹バス出石豊岡線出石行きに乗り換える。
しかし、時間になってもバスが到着しない。
結局、10分遅れの10時45分に到着。
円山川の支流、出石川に沿って出石を目指す。
運転士が、コウノトリが田畑や河川敷に現れると教えて呉れる。
今や100羽は自然に帰っているのだそうだ。
運転士が説明する先に、かなり遠いが純白のコウノトリが見えた。
沢庵寺口バス停に11時13分頃に到着。
出石に来るのも15年振りである。
まずは出石そばの老舗「近又」へと向かう。
俄に黒雲が迫り雨が降ってくる。
「近又」の前には既に行列が出来ていた。
通りの先にある出石のシンボル辰鼓楼に目をやると、残念な事に修理中であった。
小一時間程待ち、ようやく店に入れた。
メニューは「皿そば」のみ。
後は酒とビールしか無い。
薬味と出汁が運ばれて来る。
1人前5皿が基本。
後は、腹具合を見ながらお代わりしていく。
そして、まなにゃーさんが20皿達成。
出石では箸の長さまで皿を積み上げられるとそば通とされる。
その枚数が20枚。
「近又」では女性が20枚、男性が30枚食べると店内の番付に名前が載るのだそう。
そして私も、無事に30枚達成した。
記念の「そば通の証」を頂く。
前に来た時も、別の店ではあるが30枚食べて「そば通の証」を頂いている。
食後は、先ずは出石城へ。
本丸西隅櫓が見える。
出石城は、山名氏の最盛期に但馬国守護となった山名時義が出石神社の北側の此隅山に、此隅山城を築いたのが始まり。
その後、天正2年(1574年)に山名祐豊が標高321mの有子山山頂を天守とする有子山城を築き、本拠を移した。
その有子山城を、小出吉英が慶長9年(1604年)、 山上の丸および天守部分を廃し、有子山城山麓の郭および館のみを出石城とした。
江戸時代は出石藩の藩庁とされ、大名家は度々移封されたが、宝永3年(1706年)に信州上田から仙石政明が入城し、以後は廃藩置県まで仙石氏が治めた。
この時、信州からそば職人を連れて来た事が、出石の皿そばの始まりでもある。
城跡は殆ど残っていないが、麓には家老屋敷が残されている。
出石城内にあった江戸後期の上級武士の居宅で、仙石騒動の中心人物、仙石左京の屋敷でもある。
此方の御家老様が、仙石左京なのかも知れない。
家老屋敷を見学し、桂小五郎居住跡へと向かう。
禁門の変の後、出石に潜んだ桂小五郎が営んでいたといわれる廣江屋跡である。
そして、この並びにある出石資料館へ。
旧福富邸を出石町が譲り受けた明治期の商家である。
江戸時代は鍋釜を扱う商家だったそうで主人は代々「鍋屋惣兵衛」名乗っていたとの事。
明治時代に生糸を商った豪商福富家の旧邸である。
京都から職人を招いて建てられた商家は、当時流行の数奇屋風に仕上げられており土台の石だけで家一軒の価格に匹敵するなど贅の限りが尽くされている。
出石藩ゆかりの史料を展示してあったが、それ以外にも奥保鞏元帥陸軍大将の書。
川村景明元帥陸軍大将の書。
東郷平八郎元帥海軍大将の書が広間に掛けられていた。
歴史好きには堪らないコレクションである。
出石資料館のすぐ先に出石酒造がある。「楽々鶴」と云う酒を出しており、蔵もかなり年期が入っている。
試飲をさせて頂き、「純米生もと」 を購入。
続いて出石明治館。
明治20年に建造された木造擬洋風建築の貴重な建物で、郡役所として建てられた。
まなにゃーさんが甘味を所望したので、ソフトクリームを頂く。
休憩してから出石永楽館へ。
明治34 年に開館した近畿最古の芝居小屋であるが、残念ながら貸切で入る事が出来なかった。
最後に、足軽長屋へ行ってみた。
此方も開館は15時迄であり、中は入れなかった。
時間も良くなって来たので、出石のバスターミナルへと向かう。
八鹿行きを遣り過ごし、全丹バス出石豊岡線豊岡病院行きに乗車。
今度は出石川の河川敷にコウノトリを眺め、16時25分に豊岡駅に到着した。
駅前のショッピングモールで晩飯になるような物を物色するが、余り腹が減っていない。
流石は皿そば30枚は伊達じゃない。
豊岡のホームに入ると、既に17時33分発の福知山行きは入線しているが、パンタグラフも下がっており、客扱いをしていない。
仕方がないので待つ。
その内、城崎方面や京都丹後鉄道の列車が到着し、ようやくドアが開いた。
定刻に発車。
223系の2輛編成で割と混んでいた。
和田山で播但線の快速と接続し、18時49分に福知山到着。
次は18時55分の園部行きだが、京都丹後鉄道の列車が遅れたから、5分遅れの19時に発車した。
もう辺りは真っ暗である。
車内は然程混んではいない。
車輛は相変わらず223系の2輛編成。
園部には20時10分着。
20時22分発の京都行きに乗車。
221系の8輛編成で、車内はガラガラ。
特急「はしだて」に道を譲るから、待ち時間に駅前に出てみた。
真っ暗闇の駅前には、商店らしい灯りは全く無かった。
京都行きは定刻に発車。
段々と京都が近くなって来る。
亀岡を過ぎ、保津峡を抜けると市内に入る。
21時05分、賑やかな京都に到着した。
人混みを掻き分けて地下鉄へ。
21時16分の地下鉄で、無事に帰宅。
近くて遠い出石を堪能した旅だった。
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