何しろ私の学生時代は高校中退は珍しくなく、その上に高校進学しない人もそれほど特異ではなかったため。
■高校中退者・外国人らに学びの場 愛知県が自立支援へ
(朝日新聞デジタル - 06月29日 15:14)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=4644057
今は普通学級の学年の、ほぼ全員が高校進学する時代だからこその自立支援なんだろう。
当時は高校進学しなくても社会的な自立は出来る世の中だったからだろう(中卒者に対する偏見や差別も極僅かだった時代)。
実際、学歴と人格的完成はあまり関係がない、職業と人格的完成が関係ないと同じく。
人格的完成度の高さはイジメの深刻さで、ある程度の推測が可能と思われる。
私の学生時代には、高校中退の理由は概ねグレちゃったか貧困か、そのどちらかが理由だったので個人の努力が反映されやすかった部分も大きい(ワーキングプアや派遣労働者の語さえ当時にはまだ存在してもいなかった世の中で、働けば働いた分だけの収入も得やすかった時代の話)。
私の学生時代には学歴よりも学校名や参加する部活動やサークル等が重要視されていて、大学は入学出来さえすれば何処でも同じといった雰囲気もあった。
世の中変われば変わるものだなあ。
高校なんて卒業しなくても、アルバイトでも充分に『労働者』として社会的立場が認められていたからだろう。
翻って現在、労働者の雇用は変わり世の中は変わり、労働者は投資家よりも遥かに低い社会的立場となった。
投資家なんてギャンブラーと同義語なのに、変だね。
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