その1
「荒川区内に荒川は流れていなかった!」
地元の集まりで、加古川市内に建築中の某建物の定礎式に合わせて、石を集めるという企画があった。別に、近所に落ちている石でも構わないのだが、どうせだったら、変わったところから拾った方が面白いと、都電荒川線に乗って局回りするのだから、荒川区内の荒川で拾って来ようと思いついた。
それで、どの辺で拾おうかと地図を見ていたのだが、何か変だ。荒川の北側に流れているのは、荒川ではなく隅田川。隅田川の北側は、すぐに足立区になっており、荒川は、さらにその北を流れていたのだ。どういうことか調べてみたら、元々は、今の隅田川が荒川であったが、昭和40年に「荒川放水路」を荒川と呼び、旧荒川を隅田川と呼ぶようになったらしい。
その結果、荒川区内から荒川が消えてしまったということだった。だからと言って、荒川を「隅田川区」にする訳には行かなかっただろう。結局、荒川は「舎人ライナー」で上空をスルーしただけで、都電の線路を渡るとき、踏切のレールに挟まっていた敷石たまたま見つけて、それを拾って帰った(^_^;
その2
「明石市に競馬場があった!」
東京競馬場内には、競馬博物館がある。そこでちょうど、「競馬と鉄道」という展示をやっていることを知って、東京JSが終わった後、見学に行った。展示は、狭いスペースに少しあっただけだったが、現存の競馬場はもちろん、廃止になった競馬場へのアクセスとなった駅の紹介もあった。
何気なく見ていると、「明石競馬場」の文字が。淡路島に競馬場があったことは聞いたことがあったが、明石に競馬場があった事実は、この展示で初めて知った。山陽電車の藤江駅が最寄り駅で、この駅は、元々は、競馬場利用客のための臨時駅だったそうだ。
まさか、東京に来て、地元・兵庫の競馬場について新発見をするとは思わなかった(^_^;4月から淡路島勤務になったことと併せて、俄然、兵庫県の廃競馬場に興味を覚えた。こうなったら、7月中に現地調査をして、まだネタを決めかねていた、優駿エッセイ賞のネタにしてやろうかと、本気で思いかけている。
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