この宇宙=神を信頼してくだされよ。
疑いや不安持てば宇宙との調和が乱れて助けや導きが届きにくくなるのじゃ(´・ω・`)
調和すれば物事のタイミングが良くなり、ピンと感じることや閃き、ふと思いついた・感じたというような形でアドバイスや導きを得られ、万事スムーズに進むのじゃ。
感謝と信頼が鍵じゃ(`・ω・´)
宗教というのはそのためのツール、あるいは神の信じ方のテンプレートのようなものではないかの?
「宗教に入れば助けてもらえる」と思う人もいるかもしれんが、入らんでも神は助けるぞ。
むしろ、宗教通さずとも宇宙・神に感謝し、信じられるのは誠に素晴らしいことじゃ(`・ω・´)
宗教を通して信仰する場合、その宗教の信じ方で本当に幸福や心の安らぎを感じられるなら良いのじゃが、もし、窮屈に感じたり不安を伴ったり、違和感があるのなら離れた方が良い。
心からの感謝を捧げ、幸福や安らぎの伴う信仰が本物じゃ(`・ω・´)
型に囚われてそれらが損なわれては本末転倒じゃからな(´・ω・`)
神の信じ方は自由で良いのじゃ。
感謝があれば良いのじゃ。自分が心地良いと感じる信じ方が一番じゃ。
恩恵を与えてくれる大いなる存在を感じ、ホッとする感覚を感じられればそれで良いのじゃ!それが宇宙・神との繋がりじゃ。その感覚を大事にしてくだされよ(`・ω・´)
唯一の神がいると思うても良いし、様々な神がいると思うても良い(見方次第でどちらとも言えるぞ)、心からの感謝があれば、感じたように信じて良いのじゃ。
神に感謝を捧げて繋がりを強くすること、それを通してこの世界と調和することが、宗教の本来の目的ではないかのう。
「こうでなければいけない」と型にはまること・盲目的に信じることを要求したり、不安にさせたり依存させたり、他の信じ方を否定するような在り方は、神を信じることの本質からずれておる(´-ω-`)
そのような信じ方は神は望まん。
神を信じること=宗教ではない。特別ではなく、自然でもっと身近なことじゃ(`・ω・´)
大事なのは感じることじゃ。
この世界にある幸せを感じ、感謝すること(
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1959687515&owner_id=65478440)
→この世界・宇宙との繋がりを感じ取って安心感・安らぎを得ること
→この世界にある幸せを感じ、感謝すること…
この、安心感と幸せ・感謝のループを作ることじゃ(`・ω・´)
もう一つ大切なのが、既にこれまでに何度も出てきておるが、自分を大切にし、本来の在り方に立ち返ること。
こちらも感じることに繋がるのう、自分の感覚を大切にすることじゃ(`・ω・´)
多くの人が頭で考えることを重視し過ぎたり、「こうあらねば」「こうあってはいけない」と自分自身をがんじがらめにして、ありのままの感じ方を否定しておる(´・ω・`)
「こうあらねば」「こうあってはいけない」という枠や、辛いと感じる考え方を手放して、本当の心地良さを追ってみてくだされ。本来の自分自身が感じる心からの幸せに「どうあれば自分も他人も幸せでいられるか」の答えがあるのじゃ(`・ω・´)
人々が本来の在り方に立ち返り、幸せと安心感を得、満たされれば争う理由もない。
皆が好きなことしてもうまく成り立つ調和した世界が生まれるのじゃ(`・ω・´)
感じることを大切にしてくだされ。
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佳月:
このメッセージの後、補足するように2つメッセージが来ました。
どちらも初めて来た方だと思います↓
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「人の為」 【偽】るなかれ 自らの 魂望む 道を行くべし
「誰かのためになることをしなければならない」そう思って本当に自分が望むことを感じようとせず、「やりたいこと」を造り上げてはいないか。
自分がしたいことをすることに罪悪感を持つ必要はない。
自分の魂が望む道を行けば自ずとこの世界のためになるのだ。そのようにこの世界は出来ているのだ。
*〇.*
「この宗教を信仰しない者は地獄に落ちる」「戒律を守らなければ天罰が下る」「寄付をして神に信仰心を示さなければ」…神がそう言っているのだと言って人々の不安や恐怖を煽って、誤った信仰を植え付け、私利私欲のために利用する人がいますが、決してそのようなことはありません。
神が定めた決まりなどないのです。罰を下したり、地獄に落としたりするようなこともありません。
宗教のような形式も必要ありません。
恐怖からではなく喜びから信じて欲しいと、困ったときや特別なときだけでなく日常で繋がりを求めて欲しいと、神は望んでおられます。
神は身近な存在であることを思い出してください。
もっと近づいてください。
神は繋がりを取り戻すことを望んでおられます。
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