4月25日は、まなにゃーさんの誕生日だから、毎年恒例のバースデー旅行に出掛けた。
まなにゃーさんが
「岡山城と後楽園に行った事が無いから、行ってみたいんだよ!!
あと、尾道で猫さんと戯れたいかも」
と仰るので、行き先は早々と決まっていた。
そして、振休も溜まっているし、春休み明けの平日なら空いているだろうと、4月13日、14日に行く事にした。
出発は四条発5時39分、始発の地下鉄。
意外にも混んでいる。
京都から5時50分の普通西明石行きに乗車。
大阪で6時51分の新快速姫路行きを待つが、既にかなりの列。
今日は平日で、確かに今は出勤時間だ。
大阪発の時点でかなりの混雑だったが、バラバラながらも何とか座れた。
勝手に三宮や神戸辺りで空くだろうと想像していたが、三宮から更に乗車してきて、超満員。
結局、姫路まで混雑したままで、正直、姫路への通勤通学者がこんなに多いとは思っていなかった。
姫路では、ホームの混雑でなかなか移動が出来ず、8時1分発の普通岡山行きに乗車したのは発車間際であった。
相生で下車して、8時33分の「こだま733号」に乗車。
「ひかりレールスター」の車輛で、これに乗るのも15年振り。
座席は3号車16番DE席で、矢張り新幹線は快適である。
8時49分に岡山着。
路面電車で、岡山城を目指す。
城下電停で降り、まずは大正時代のドイツ風建築物たる禁酒会館を見学。
そして岡山城へ。
宇喜多秀家、小早川秀秋から池田氏の居城。
しかし、天守閣は先の空襲で焼け落ちてしまっている。
当時の貴重な遺構である月見櫓を見学。
そして、宇喜多秀家時代の石垣も見学して天守閣へ。
支那人や欧米人ばかり。
旭川を渡り、後楽園へ。
後楽園は言わずと知れた日本三名園。
江戸時代初期に岡山藩主・池田綱政によって造営された、元禄文化を代表する池泉回遊式の庭園。
岡山城を借景している。
なかなか見応えもあり、日本三名園を制覇した。
岡山城への道すがら、ホテルエクセル岡山の前を通ったら、ホテルのレストランで岡山B級グルメフェアをやっていた。
それを見たまなにゃーさんが
「お昼にホルモンうどんを食べたいんだよ」
と仰るので、後楽園の帰りに寄ってみた。
ホルモンうどんの他、デミカツ丼や、えびめし等のメニューがある。
恥ずかしながら、えびめしと云うのは初めて知った。
そこで、えびめしを注文。
まなにゃーさんも注文していた。
デミグラスソース等で炒めた炒飯的な料理で、実に美味だった。
駅に戻り、岡山の総合グラウンドへと移動。
この辺り一帯は戦前、陸軍の錬兵場であった。
そして、陸軍第17師団が置かれており、将校クラブたる岡山偕行社が残っている。
偕行社の建物が残っている事例は少なく、貴重な遺構である。
次は是非、軍装で訪問したい。
スポーツセンターバス停を12時29分に出る岡山駅・天満屋行きバスで駅に戻る。
13時発の吉備線総社行きに乗車。
車輛はキハ47であった。
吉備津で下車。
吉備総鎮守、 三備一宮であり、鳴釜神事と上田秋成の「雨月物語」でも有名な吉備津神社へ御詣り。
比翼入母屋造の本殿は、独特の「吉備津造」で、拝殿とともに国宝に指定されている。
御朱印を頂き、有名な廻廊へ。
鳴釜神事を行う御釜殿を参詣。
鳴釜神事は、吉備国に温羅(うら)という名の鬼が悪事を働いたため、大和朝廷から派遣されてきた四道将軍の一人、吉備津彦命に首を刎ねられた。
首は死んでもうなり声をあげ続け、犬に食わせて骸骨にしてもうなり続け、御釜殿の下に埋葬してもうなり続けた。
これに困った吉備津彦命に、ある日温羅が夢に現れ、温羅の妻である阿曽郷の祝の娘である阿曽媛に神饌を炊かしめれば、温羅自身が吉備津彦命の使いとなって、吉凶を告げようと答え、神事が始まったという。
吉備津駅に戻り14時18分発岡山行きに乗車。
そして岡山で15時9分発の大野浦行きに乗り換える。
尾道で下車して、商店街を抜けて宿まで混雑歩く。
本日の宿は、ミシュランガイド広島版にも掲載された尾道の老舗旅館「料亭旅館魚信」
2階の須磨のお部屋に案内される。
お茶と鯨羊羮が出てきた。
17時半からお風呂に入り、18時半から食事。
先付 桜豆腐
海老・錦紙・木ノ芽
刺身 虎魚薄造り・アコウ洗い
煮物 メバルの煮付け
里芋・竹の子・きぬさや
焼物 牛ステーキ
人参・アスパラ・ポテト
油物 虎魚唐揚げ
串銀杏
酢物 蟹錦紙巻き
青ズイキ・茗荷
蒸物 鯛道明寺蒸し
つゆ生姜・銀あん
吸物 虎魚赤出し
針葱・順才
御飯 雲丹御飯
氷菓 こもんバニラアイス
まなにゃーさんもご満悦。
勿論、私も。

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