5時過ぎに起床
昨日で特急に別れを告げて、今日からは再び各駅停車の旅になる。
チェックアウトしてホテルを出たら、雨。
幸い、ホテルの近くにコンビニがあり、折り畳み傘を購入出来た。
下関駅に着いたら、大分行きの普通列車が停車していた。
9時23分には大分に着くと云う。
6時36分発の岩国行きで岩国に着くのが9時44分だから、時間的に然程変わらない。
大分は以外に近いのか。
下関止まりの山陽本線から、大量の乗り継ぎ客があり、立席で一杯になった大分行きが発車して行った。
ホテルのチェックアウトが早かったから、朝食を食べていない。
昔は、こうしたターミナル駅なら必ずホームに立ち食いのうどん・そばの店があり早朝から湯気を上げていたのだが、そう云う店は見当たらない。
駅のホームには、売店の跡を利用したと思われる自販機のコーナーがあるばかり。
かといって、こんなに早くから開いているのは駅前のコンビニ位しか無く、またもやカップ麺の侘しい朝食となる。
6時36分発の岩国行きが到着。
115系3000番台で、先程の大分行きとは比べ物にならない位に乗客は少ない。
まだ辺りは暗く、空いているのを幸いに一眠り。
目が醒めたら新山口に停車していた。
車内は通学の学生だらけだが、立席で埋め着くされる事も無い。
防府を過ぎると瀬戸内海沿いを走る。
徳山からは海岸線、所謂「旧柳井線」を走る。
山陽本線の車窓では、旧柳井線辺りから宮島口。
あと、尾道の辺りか白眉であると思っている。
岩国に9時49分に到着。
次の糸崎行きは9時56分。
しかし、新車なのは良いが何故か3輛と云う短い編成。
唯でさえ人が多いと云うのに。
岩国行きですら、4輛だった。
広島と云う中国地方最大の年を走る列車として3輛では余りにも短い。
更に宮島口で大量の乗客があった。
しかも体格の良い欧米人の観光客が多い。
こうなると、幾ら着席しているとは云え私でも早く降りたくなる。10時48分、ようやく広島に到着した。
広島駅からは11時6分発の芸備線三次行きに乗車。
芸備線も何度と無く乗車しているが、三次までの間は広島の近郊区間として定着した感がある。
車輛は国鉄時代からのキハ47系ではあるが。
殆どが国鉄時代からの首都圏色の中にあって、広島色は異彩を放っている。
12時45分に三次に着いて、次は13時1分発の備後落合行き。
芸備線は三次を境に全く性格が変わる。
三次から東側は、運転本数が激減し、尚且つ線路保線の費用を浮かすため時速25キロメートル制限の区間があったりする。
それでいて、人跡未踏の地であるかと云えば、そうでも無い。
備後庄原から備後西城などはちょっとした町である。
しかし、優等列車も無く、広島や三次までは高速バスの方が早くて便利とあっては、芸備線など誰も利用しない。
今日も乗客の殆どは乗り鉄だ。
備後落合行きに乗車して、山ノ内を過ぎた辺りで、大きな鼠みたいな動物がいた。
まさか鼠の訳でもなかろうから、ヌートリアかも知れない。
七塚では駅裏の田圃に雉がいた。
備後庄原から備後西城の町を抜け、ヒバゴンで名高い比婆山を過ぎるとようやく、山の中へと入っていく。
木次線の線路が近付いて来て、14時21分、山の中の交通の要衝、備後落合に到着した。
三次を出てから降りだした雨が本格的になって来る中、木次線の列車を待つ。
備後落合では14時台に新見方面、三次方面、木次方面の列車が到着する。
そんな時でも無い限りまず人はいない。
新見方面からの列車が到着し、鉄ばかり30人弱になった。
信じがたい事に鉄道女子も3人ばかりいた。
今まで、18きっぷのシーズン何度か来ているが、木次線への乗り換えなど鉄入れても精々10人前後だから驚くべき数だ。
しかも、若い女性まで。
俄には信じがたい。
14時41分、宍道行きの木次線に乗車。
油木を過ぎて勾配を登り始めたら、信じがたい光景を目にした。
なんと、線路脇に雪が残っている。
それも僅な量では無い。
斜面を多い尽くすように残っている箇所もある。
今は4月で、お花見シーズン真っ直中。
北海道ならいざ知らず、ここは中国地方だ。
案内に寄ると3月半ばまで、雪害で運休していたらしい。
だとしても、驚きは隠せない。
JR西日本で最も標高の高い三井野原を過ぎ、下り勾配になる。
この辺りの雪は、更に深い。
雪崩防止柵にまで雪が残っていた。
出雲坂根は三段式スイッチバックの駅となっている。
日本では豊肥本線の立野、肥薩線の大畑と真幸にしか存在しない。
極めて珍しいものであるが、九州の物に比べて知名度は低いようだ。
このスイッチバックを通過するのは今回で4回目だから、割と行っている方だと思う。
左手から上って来る線路が見えて来る。
ポイント部分は雪避けが設置されている。
方向を変えて下って行くと、出雲坂根の駅だ。
ここで再び方向を変えて木次方面へと向かう。
駅のホームに、標高の案内があった。
肥薩線の矢岳よりも圧倒的に高い。
そして、鉄道女子の娘が一人、下車した。
出雲坂根を出て、暫くしたら道路脇にそば屋の案内が見えて「ゆかり庵」と読めた。
八雲立つ出雲の地で、ゆかり庵とは何とも意味深な名前である。
機会があれば行ってみたい。
此方は、木次線の名物、亀嵩駅の出雲そばを食べようと楽しみにしていたのだが、今は列車への出前はやっていないらしく、断られてしまった。
なので、なおいっそうの事出雲そばが食べたいのである。
出雲横田で列車交換を行う。
個人的にはこの交換を、出雲坂根でやって欲しい所ではある。
出雲横田を過ぎると、段々と山の気配は消え失せる。
出雲三成と云う駅は、何やら武将っぽい。
古代の豪族、出雲族の末裔で木次の領主たる戦国武将、出雲三成。
何と無く話が出来そうではある。
木次では、20分程停車する。
時間があるので駅前のスーパー「マルマン雲南店」へ足を伸ばした。
普通のスーパーではあるが、「雲南仁多米入りうどん」と云うのが珍しく、購入する。
しかし、木次の町も町村合併で雲南市となったが、何やら支那の町の様な気になる。
山陰も中国地方だし、狙った感がある。
スーパーを見てもまだ時間めあるので、駅構内を見て回る。
木次駅は、しまねっこが駅長の様だった。
ホームの端にプレートがあった。
スサノオとクシナダ、オロチなのだろうが、退治するには可愛いオロチである。
宍道から木次までは区間列車もある。
近い将来、木次から先。
或いは出雲横田から先のレールは剥がされて仕舞うかも知れない。
17時36分、宍道に到着。
次の列車まで30分以上あるから、宍道湖まで歩いてみた。
出雲空港が見える。
駅に戻る途中、割烹「松葉」に看板猫さんがいた。
寄って行けと、そう云ってる様な気がした。
駅には、18時14分発の岡山行きが早々と到着していた。
出雲市から岡山までとはなかなかの長距離で、岡山の到着は23時を廻る。
続いて、18時14分の出雲市行きも到着。
夕方のラッシュとあってかなりの混雑。
出雲市までは僅かに20分程で18時37分の到着。
出雲市に着いて、晩飯の買い出しにと駅前の一畑百貨店に行ったら、18時半で閉店したそうだ。
やむ無く駅構内の土産物屋などを見て回る。
出雲市駅弁「黒崎」に、名物の出雲そば弁当が残っていたので購入。
そして酒。
「旭日」とは気になる銘柄である。
19時6分、浜田行きが発車。
先程の列車とは違い、ガラガラである。
なので、駅弁を広げても邪魔にはならない。
なかなか豪華で、海老天の下には鰻の蒲焼きが隠れていた。
そばも、折詰の割には旨い。
蕎麦の香りがする。
ただ矢張り、肴が少く大田市で30分程停車するので、酒と肴を買い出しに行った。
殆ど店はなかったが、一件だけ開いてた。
たこ焼きとビールかなと思って入ったら、元々は鶏屋らしく鶏料理が幾らか残っていた。
モツの味噌煮込みが安く、かつボリュームもあったので、ビールと共に購入した。
駅に戻ると、特急「スーパーまつかぜ」と、特急「スーパーおき」の共演。
キハ187の黄色いマスクは、イギリスの気動車を思わせる。
21時6分、江津に到着。
宿は、スーパーホテル江津駅前の216号室。
三江線写真集付きプランで予約していたが、写真集がかなり本気である。
浜田行きの車内で、三次から同行程の方と話をしたが、三江線は連日、満員御礼だそうで、そこに目を付けたスーパーホテルは、なかなかのやり手だ。
スーパーホテルには天然温泉の大浴場もあり、初めて宿泊したがなかなか気持ちの良いホテルであった。
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