■ためるなキケン!「グチを吐かないことが美徳」が不健康な理由
(BizLady - 03月12日 17:12)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=222&from=diary&id=4474118
長年の糖尿病の患いからくる、不定愁訴(つねに気分が沈んでいて、誰かに八つ当たりせずにいられなくなる)の所為でしょうか、それとも 持って生まれた性分からでしょうか。
オレは、産みの母親から、ありとあらゆる愚痴(外面は”模範的で、誰からも愛される理想の母親像”として高い評価を受けていて、それはそれで、いいのだけど、オレの前でだけは、父親に対する愚痴、近所の人に対する愚痴、義理の兄弟に対する愚痴、従業員に対する愚痴、我々子供に対する愚痴…ほとんどは被害妄想からくる、当て推量の責任転嫁に過ぎないのですが。それを打ち消すと、さらに疑心暗鬼をこじらせるだけなので)を聞かされて育ったせいか、一度は人間不信から発狂しそうになりながらも、自分だけは、他人の悪口を言うまい、自分の弱音を愚痴るまい、と自分に言い聞かせながら育ちました。
ええ、オレのような 人に絶対に本心を騙りたがらない、こころの歪んだ、精神的畸形児になる前に、適度に愚痴を誰かに吐きかけて、ストレス解消をして下さい。
その方が人間らしいし、誰からも愛される いい人になれると思います。
オレは、にんげんというものの存在の本質は、醜く おろかで、すさんだ、浅ましい存在だと、心の底から思っていますから、上辺だけならともかく、本音の付き合いを求めてくる人には、多大なる犠牲を強いることになると思います。
特に女性に対しては、憎悪に近い 嫌悪感を感じているのかもしれません。
そこまで嫌っているこの世に、よくも よくも 産み落としておきながら、追い打ちをかけるように呪詛の言葉ばかり、吐きかけて下さいましたから、これほどの人間教育はなかったと思います。
オレは、自分が子供を作らなかったのは、二度と 自分のような苦しい思いを、他の誰かに味合わせたくなかったからだと思います。^^
正直、人間性がくるって、20年前に親の支配から逃れるように、(気持ちの上で)にんげんを辞めましたから、親が死んでから ようやく感謝する気持ちが湧きました。
彼女は、自分こそ、世界で最も耐え抜いている、苦しんでいる存在だという事を分かってもらいたくて、言葉による虐待を 延々と続けたわけですが、どんなに虐げても満たされることはなかったと思います。
彼女が、心からの満足を感じることは 決してありませんし、自分の病が、死ぬまで癒えることがない事は、自分自身がよく分かっているのですから。
せめてその苦痛を誰かに、分かってもらいたいと願っていたようです。
他人に病気を肩代わりすることなど、とてもできませんが。
二度と、あの毒に爛れた、悪意に溢れた言葉を聞かなくて済むと思うと、心臓の上に覆いかぶさっていた「腫れ物」が取れたような爽快感です。
正直、精神病患者のカウンセリングや、話し相手になる方も、自分が いっぱいいっぱいになってる時は、似たような精神疾患者の接遇で、苦慮されている方の対応の仕方を聞いて、ご自分自身の中に、すべての原因があると貯め込まないように、ご自身も愚痴を吐いてみて下さい。
育児、病人、高齢者の介護で、常に、ケアしなければならない立場の方は、神経の糸が切れてしまう事もあると思います。
不思議なことに、そこまで 苛立たされながらも、なぜか 殺そうとまでは思いませんでした。
誰かを殺すくらいなら、自分が死んだ方が手っ取り早いし、「人を殺す」という発想が、そもそも なかったからです。
一線 超えてしまう人って、そこで 自分を自分で思いとどまらせてくれるような、”何か”がなくなっているのかもしれないです。
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