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2017年02月20日14:54

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原鉄道模型博物館&横浜市電保存館

土曜は、原鉄道模型博物館と横浜市電保存館でちょうど特別展が開催中だったので、それらを見に横浜まで行ってきました。
行きは、渋谷で東横線に乗り換えた方が安いので乗り換えましたが、途中の自由が丘付近でまだ営業運転を開始していない新型の西武40000系の試運転列車とすれ違いました。副都心線経由でみなとみらい線・東急〜西武まで直通の座席指定列車などに導入されるだけに、営業運転を開始したらできるだけ早めに乗ってみたいと思います。
まずは、横浜駅近くの原鉄道模型博物館から見たいので東横線で横浜駅で下車。博物館は、マルイシティと日産本社ビルの隣にある横浜三井ビルディングの2階にありますが、特別展「ナローゲージ王国 台湾の軽便鉄道展」に伴い、1階のビル入口にも車両が展示中です。

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この車両は、友好議定を結んでいる台湾・高雄の「哈瑪星(ハマセン)台湾鉄道館」の協力により来日した台湾製糖111号巡道車(気動車)で、現在の台湾糖業で動態保存されている車両なのでなんと今でも動かせるそうです。1921年製と台湾の動態保存車両の中では最古のものだそうです。
巡道車(巡回車)は設備の点検に使われる事業用車両で、762mm軌間なので小型で定員はたったの10人(説明文だと10人だけど、車体には乗務員も含めてということなのか定員12人と記載されています)。車両の大きさ自体もワゴン車並みですね。
車内は土日の10:30〜13:30に限り見学可能なので、もちろん中も見学しました。
前のドアから見える車内に運転席がなく、どうして?と不思議に思いながら足を踏み入れたところ、両側にロングシートというか木のベンチが並んだ車内の中央にエンジンカバーがあり、その上に速度計などの計器類が、その脇に自動車のようなシフトレバーとアクセルなどのペダルや、自動車風のサイドブレーキと貨車のような手回し式のブレーキが設置されていました。ペダルやシフトレバーは横向きで、どうやって運転するのだろうと思ってしまうレイアウトですが、満員電車のような使い方ではなく工場の敷地内を中心にゆっくり動かす程度だったかと思われますので、これでも大きな支障はなかったのでしょう。動態保存車であれば動かしているところも見てみたくなるので、展示が終了して台湾に返却された後に、線路上を動かしているところを見たくなります。
台湾製糖の車両を見終えた後に博物館入り。
この博物館は、コクヨの元専務で世界的に有名な鉄道模型コレクターである故・原信太郎氏(2014年に95歳で逝去)が2012年に開設したもので、個人のコレクションとは思えないくらい膨大な数の展示物があり、ここにしか置いていない貴重で珍しい展示品も多数あるのが特徴です。
まず最初は、第一展示室の箱根登山鉄道チキ1号、金剛山電気鉄道22号、阪神電気鉄道311形313号、スイス国鉄Ae4/7形電気機関車などを見ました。チキ1の実物は1919年(大正8年)の製造で、当時は箱根登山鉄道も等級別で客室が2つに分かれていたのですね。
金剛山電気鉄道は、朝鮮半島の中でも現在の南北軍事境界線付近にあった鉄道ですが、半島が分断された結果、軍事境界線にかかるこの路線も分断され、その後は朝鮮戦争で荒廃して消滅してしまったそうです。
阪神313号は、大正時代の電車なのに当時としては珍しかったであろう明るい青なのがユニークですね。
同じ部屋には、原氏が子供の頃に初めて製作した模型である自由型電気機関車「8000号」、同じく自由型の貨車や電動貨車+配給車も展示されていますが、いわゆる「架空鉄道」の車両でありながら、実在したと言われても信じない者はいないくらいリアルに作られていて、非常に見応えがあります。この8000号機関車は、博物館のロゴにも使用されています。
また、関東大震災に遭遇した増田屋製ゼンマイ式おもちゃも一緒に展示されていました。
そして、この部屋には「或る列車」の愛称で知られる明治時代の「九州鉄道ブリル客車」の模型もあり、唐草模様の塗装などが特徴的ですが、実物はあまり使われないまま事業用車両に改造されてしまったので写真などの資料はほとんど残っていないらしく、JR九州が同名のリゾート列車を製作する際には、この模型を参考に再現したそうです。
次は第二展示室を見学。最初に台湾糖業370号機関車の模型があり、製糖工場の鉄道の乗車券や時刻表などが展示されていました。カラーの記念乗車券は、日本でよく見かけるものとは一味違った雰囲気がいいですね。
次いで各種SL模型を見ましたが、個人的にはこのうちの9750形が気になりました。3軸×2という6軸のSLは元々少なかったそうですが、大宮の鉄道博物館に同型が1両保存されている以外は現存しません。また、存在自体がマイナーなだけに模型も少ないと思われます。
次に、台湾の台東線のナローゲージ時代の写真や乗車券を見ました。台東線自体は今もありますが、1982年に台湾の多くの路線と同じ規格の1067mmに改良されました。
当時の特急相当の列車「光華号」で使われていたコップも展示されていましたが、この列車ではお茶とタオルのサービスがあったそうです。花蓮〜台東間170.7kmの所要時間は最速で3時間10分だったそうで、762mm軌間の列車では世界最速だったそうです。ちなみに、距離も所要時間も東武の快速での浅草〜会津高原尾瀬口間とほぼ同じですが、普通列車だと7〜8時間もかかったそうで、明らかに原付より遅いし、下手すれば自転車並みの速度かもしれません。また、ナローゲージでは非常に珍しい夜行列車もあったそうで、「鉄道ファン」1982年1月号に、「まんがはじめて物語」のナレーターも務めていたロングおじさん(吉村光夫氏)によるこの列車への乗車レポートが掲載されているのを見たことがありますが、ロングおじさんも既に他界されてしまったので時代の流れを感じますし、まだ存命中の日本人の乗車経験者も今となっては極めて少ないと思われます。
次に第三展示室を見学。
この部屋には海外の模型が多数展示されていますが、1956年に購入したパリの地下鉄の模型、15台しか生産されなかったドイツ・メルクリン社製の模型、世界最古のモノレールであるヴッパータールの懸垂電車模型など、ここも希少なものが多数ありました。
展示と一緒に鉄道撮影エピソードも書かれていましたが、冷戦下の共産圏やまだ民主化されていない途上国での撮影では、警官や兵士に銃を突きつけられて事情聴取されたり、フィルムを没収されるということも多数あったそうです。
次いで、台湾の軽便鉄道展が行われているイベントスペースを見ました。
高雄港駅の駅長室が再現され、100年前のその周辺地図やナローゲージの貨物列車の模型が展示されているほか、1968年撮影のVTRが流されていました。
当時は客車列車が中心で、機関車はSLもまだ多くが現役でしたが、徐々にディーゼル化が進んでいた頃らしいです。客車は日本の旧型客車に似ているけど、ディーゼル機関車は日本では見かけない形をしたアメリカ型が主流でした。日本で主流の凸型のディーゼル機関車は、台湾にもあるようですが海外には少ないのか、確か韓国も客車は日本のものに似ているけど機関車がアメリカ型というパターンでしたよね。
また、ナローゲージの台東線もきちんと撮影されていて途中で寝台列車とすれ違うシーンがあったり、列車を降りた後にバスで断崖絶壁の長い道を行く様子や、台北郊外の少数民族タイヤル族の村・烏来温泉の人力鉄道に乗車した様子など、最初から最後まで目が離せない充実した内容のVTRでした。
調べたところ、烏来温泉のトロッコは人力ではなくエンジンで走るものになったけど現在もあるなど、これを機にそれらを見に台湾を旅したくなりますね。ついでにこれを機に現地に帰国した新垣結衣と大きな猫(以下略)
その後は、国内外の車両に取り付けられていたプレート類を見てから、一番ゲージのジオラマ展示室「いちばんテツモパーク」を見ました。これは、一番ゲージの室内ジオラマとして世界最大級の面積だそうで、非常に見ごたえがあります。
ジオラマの雰囲気は全体的に洋風で、ヨーロッパの車両が主に走っています。また、朝〜夜を再現するために照明が時間毎に明るくなったり暗くなったりし、暗くなると模型のヘッドライトや車内照明が点灯します。そして、暗くなると車両全体はよく見えなくなりますが、リアルに再現された車内の様子を見ることができるのも面白いです。車内も手を抜かずにリアルに作るのが原氏のこだわりだったそうで、それを感じることができます。
あと個人的には、小型の凸型電気機関車が重連で小型の客車を牽引する列車がよかったです。
次は、横浜の今昔を再現したHOゲージのレイアウト「横浜ジオラマ」を見ました。メインのジオラマに比べてかなり小規模ですが、こちらも車内はきちんと再現されていますし、朝〜夜の変化もあります。
最後は出口の横にある子供スペースのプラレールを見ました。さすがに私がここに入る訳にはいきませんが、1枚だけ撮影。
プラレールがきかんしゃトーマスの車両ばかりだったように見えましたが、パソコンがウィンドウズ95だった頃に発売されていた「デジタルプラレール&トミカ」を思い出しました。パソコンの画面上でバーチャルのプラレールのレイアウトを作る遊びで、「きかんしゃトーマス」の車両も入っていました。
作ったレイアウトや列車などに名前を付けたり、トミカの車の色を変えることができ、当時は鉄道の安全運行に支障をきたすきかんしゃトーマスの「いじわる貨車」と「いたずら貨車」が、たかがアニメのキャラとはいえ嫌いでむかついていたので、「北館林荷扱所」(東武鉄道の廃車解体場)というレイアウトを作って、いじわる貨車といたずら貨車を沢山並べて、「解体中の廃車体」という名前をつけたり、「西部警察」というレイアウトを作って、西部警察のマシンRSに見立てた赤黒ツートンと大門団長のスーパーZに見立てて金黒ツートンに設定したトミカの車でいじわる貨車といたずら貨車を包囲したりという、だいたひかる似の不審者もびっくりしそうな暗い遊びをやっていたことを思い出しました。

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原鉄道模型博物館の見学を終えた後は、横浜駅東口の地下街に行き昼食にしました。
どこに入ろうか迷って沖縄料理の「沖縄時間」という店に入り、とんかつ+ポーク玉子に炊き込みご飯などが付くセット「ポーク玉子じゅーしーセット」にしました。
値段は安くありませんが、セット内容は充実していたし、もずく酢などの沖縄伝統食材も美味しかったし、主菜のボリュームも全く文句ないレベルなのでよかったです。これを持ってきた店員は篠田麻里子みたいな人でした。
会計時にレジ横にちんすこうが沢山置いてあり、「お一ついかがですか」と言われ、てっきり有料かと思ったら、無料で1個もらえるとのことなので、ココナッツちんすこうを1個もらってきました。
食後は、そごう下のバスターミナルより横浜市営バス102系統・戸部駅・黄金町経由滝頭行きに乗車。横浜市営バスに乗るのは久々だと思いますが、車内表示器が液晶化されたほか、最新の電車並みに広告やニュースを表示する画面も設置されているのですね。
バスは途中で体長162cmの大きな猫の母校前を通過して、30分ほどで終点の滝頭に到着。
終点は市営バスの車庫で、ここに隣接して設置されている横浜市電保存館を見学しました。
市電保存館は、以前にも東京再発見の根岸付近を歩くオフと架空鉄道オフで訪れたことがありますが1月にリニューアルオープンしました。展示室が拡張されたり「しでんほーる」という別館ができたことに伴い、以前は100円だった入館料が300円に値上がりしていますが、市営バスにICカードで乗車して来館ないし市営1日乗車券を持っている場合は100円引きの200円で入館できます。
また、バスで向かっているときにTwitterを見ていたら、鉄道やバス等にも造詣の深い地元のローカルアイドルと思われる戸田恵梨香似の人を発見。しかも、市電保存館にいることを匂わせることを書いていたので、もしかしたらいるのかもと思いましたが、結局見かけることはありませんでした。

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入館して、まずは7両の展示車両を順に見学。
最初に見たのは昭和3年(1928年)製造の500型。台車が中央に1つだけの単車と呼ばれる車両です。
次に見た1000型は、現在の電車と同様に台車が2つになったボギー車だけに、500型よりもずっと新しいのかと思ったら、製造年は一緒でした。
その隣の1100型は、登場時はクロスシート設置で「ロマンスカー」と呼ばれていたそうですが、展示車両は一般的なロングシートに改造された後のものです。ドアは1000型の前中扉と異なり前後扉でした。
その隣は1300型で、木の内装はそれまでのものと同じでしたが、ドアが前中後の片側3つ設置されていました。
次に見たのは、昭和32年(1957年)に市電最後の新車として製造された1600型です。戦後の製造だけに内装に木を使う量は少なくなり、照明も電球から蛍光灯に変わるなど、大幅に近代化されています。ドアも引き戸ではなく4枚折戸になっているのが特徴で、近代的で個性的な外観がいいですが、交通局としてワンマン化に難があるとされていた前中扉だったので、ワンマン対応できずに廃車になってしまうなど活躍期間は短かったようです。
その隣には1500型があります。こちらは「PCCカー」と呼ばれる戦後の路面電車の高性能車の一つだったそうですが、取扱い方の都合で結局は旧式の機器に交換されてしまったそうです。また、交通局としてワンマン対応しやすい前後扉だったので市電全廃まで活躍したそうです。
最後は10型貨物電車を見ました。かつては路面電車による貨物輸送が行われていたそうで、関東大震災前は山手にあったキリンビールの工場からビールを輸送するのに使われていたそうです。京都で嵐電の路面電車を使った宅急便輸送が登場して話題になりましたが、路面電車を使った貨物輸送自体は古くからあるものということですね。
車両展示を見終えた後は、次の展示コーナーの開港以降の横浜の歴史を交えた市電の歴史についての解説を見ました。
このコーナーには、昔の国電を中心に色々な模型も展示されていますが、111系の車体断面や形状が何か変でした。
次のコーナーには地下鉄の導入決定から現在に至るまでの市営地下鉄の歴史についての展示がありますが、後にグリーンラインとして開業する4号線のPRパンフレットの表紙のイメージイラストが、1980年代に描かれた未来の電車のイラストなのが印象的でした。バブル期に流行した各地の地方博覧会でHSST方式のリニアモーターカーがよく運転されていましたが、それらはだいたいこんな雰囲気の車両が多かった気がしますし、みなとみらい線やつくばエクスプレスの名称が決まる前の常磐新線の車両のイメージイラストも、最初期はこんな感じでした。
また、計画当初の地下鉄ルートは1〜4号線まであり、1号線全区間と3号線の大部分は今のブルーラインになっていますが、4号線のルートが今のグリーンラインと大きく異なったり、計画倒れに終わった2号線が記載されているのが印象的でした。
2号線は、京急のバイパス線として神奈川新町〜屏風ヶ浦に計画されていたとのことですが、計画通りに開業していれば市電保存館のある滝頭を経由することになっていたようです。もし開業していたら、京急の運行形態も今とは全く違ったものになっていた可能性がありますし、今の京成や都営浅草線も含めた多くの社局との直通運転に横浜市交通局も加わっていることになったかもしれません。
また、3号線の関内〜本牧方面も、後にみなとみらい線の建設が決まってそれと重なるとの理由で計画倒れに終わりましたが、ブルーライン関内駅はその分岐を想定した構造になっています。
その後は、外の別館で開催中の「全国バスマップ展示」を見ました。土日で開催された「全国バスマップサミット in 横浜」というシンポジウムに関連してのイベントで、時間があればそちらにも見たかったのですが、2日間にわたっての開催だし長丁場だしお金もかかるので、そちらには最初から不参加です。
ここでは国内外のバスマップが色々と展示されていて、実用性第一のものがあったり、観光客重視の内容のものがあったり、双六になっていて遊び心を盛り込んだものがあったりと、面白かったです。
沖縄のバスマップは初めて見ましたが、モノレールが開通した今でも長距離輸送はバスのみですから、実用性第一な傾向が強いです。また、離島への航路も合わせて記載されているのが沖縄らしいと思います。
海外のものは、バンクーバー、上海、オークランド、バルセロナ、パリなどのものが展示されていましたが、共通して言えるのは、停留所が全て記載されていることが多い日本のものと異なり、主要な停留所しか記載されていないことです。単に大雑把という訳ではなく、停留所を記載しない代わりに道路名を分かりやすく記載しているのが日本と異なりました。要するに「○○通りで降りるには□系統に乗る」という表記の仕方です。
また、13:30よりこの会場内で「しでんほーる連続講座・横浜の発展と都市交通のあゆみ」が始まり、特に予約不要とのことなのでこれも聴いてきました。
月2回ほど開催されている講座のようで、今回の講師は横浜都市発展記念館職員でした。
市電保存館内の歴史に関する展示に書かれていたことと内容は大体同じですが、当時の写真や動画や資料を交えての解説になるので、より深く掘り下げた話が聞けて、特に戦後にわずかながら市電が延長されたときの工事の様子を伝えるVTR、横浜駅の2度にわたる移転など横浜全体の交通史、市電の戦災被災状況についての個人による詳細な記録、市電の廃止を加速させることになった国鉄根岸線の開業に関する記録など、貴重なものを沢山見ることもできました。
市電保存館の講座終了後は、周辺を散策しながら根岸駅まで歩きましたが、近くでいきなり猫が目の前に現れました。逃げない猫でしたがよく動くので写真が撮りづらく、あまりいいショットは撮れませんでした。

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最初に向かったのは丸山仲通り商店街で、なかなかレトロな感じの商店街です。
その中央にあるのが丸山日用品市場という昭和30年代以前に作られたと思われるアーケード街で、ここの魚屋は美空ひばりの生家だそうです。
昭和の頃は賑わっていたのかもしれませんが、残念ながら今は空き家だらけで、しかも昨年閉店したと貼り紙のある店も数店あったことから、客足の減少に加えて店主の高齢化などもあるのか、この数年で店舗の撤退が加速しているのかもしれません。
その後は広地町という場所を通ったのですが、ここは何故か古い平屋の住宅が非常に多く、昭和中盤以前の雰囲気の街並みが印象的でした。
しかも、ここには猫の溜まり場もありました。
その後は、掘割川の磯子人道橋を渡って根岸方面に抜けましたが、途中の住宅街で駐車場の中にぽつんと蔵が建っている面白い光景を見ました。今もこの蔵は使われているのでしょうか。
また、ここは近くに以前に行ったことのある根岸なつかし公園内の旧柳下邸という大正時代築の和洋折衷住宅があり、今の時期は特別に雛飾りの展示も行われているとのことなので、せっかくここに来たからには寄るべきでしたがすっかり忘れていて、私のしたことか帰りの電車内で思い出しました。迂闊でした。
そのまま根岸駅に向かいましたが、駅前は根岸線開業後しばらくしてから建設されたと推定されるやや古めのビルやマンションが多数並んでいますが、裏から見ると面白い形状をした建物を発見。パッと見は単なるL字形ですが、よく見ると壁がわずかにジグザグになっていて、一方で屋根は直線なのがユニークですね。
そのまま改札に入りましたが、根岸駅は反対側がJXエネルギー(エネオス)の製油所で貨物の取り扱いがあるため、タンク車が多数停車しています。
貨車が並んでいる場所は、80年代くらいだと西部警察など刑事ドラマの犯人追跡や、戦隊や仮面ライダーなど特撮の戦闘シーンでよく使われていましたね。
また、電気機関車の入換が行われていて、EF210+EH200がともにパンタグラフが上がった状態で移動中でした。機関車が重連の場合、片方は回送で無動力状態というのはよくありますが、両方ともパンタグラフを上げて動いているのを見るのは珍しい気がします。
帰りはまっすぐ帰ろうかと思いましたが、飲みたい気分だったので、赤羽で串カツの店に寄って一人飲みをしてから帰りました。赤羽駅は、京浜東北線ホームにてホームドアの設置工事が始まりました。まだ作動していないのでドアが開いたままですが、近日中には稼働開始でしょうね。

今回の日記、その他写真は、こちらにもアップしております。
(1)http://blogs.yahoo.co.jp/silkroad_vx/40431114.html
(2)http://blogs.yahoo.co.jp/silkroad_vx/40431130.html
(3)http://blogs.yahoo.co.jp/silkroad_vx/40431137.html
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