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2017年02月12日01:38

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なぜ、若者たちは「荒野」を目指したのか?

■「会社勤めはイヤ」自由な働き方の裏側にある厳しい現実【フリーランスの光と影・1】
(弁護士ドットコム - 02月11日 10:03)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=149&from=diary&id=4427450



�,呂犬瓩�

「多様な働き方」という枕詞の後にロクでもない労働実態が伴ってくることを,我々は21世紀に入ってからイヤというほど目にしてきた.
そして,とどのつまりが2008年末の「派遣村」であった.
派遣という雇用形態は,日本中の働き方/雇用,そして,産業をぶち壊した.そりゃそうだろう.この雇用形態は,労働者に技能を身に着けさせる前に「使い捨て」にするための雇用形態なのだから….

さて,記事中においても「雇用によらない働き方研究会」という単語がある.
そこからは,政財界からの

「派遣といっても,やっぱり雇用の枠内でしょ.だったら,若者たちから労働者性をはぎ取らないとねェ.」

という声が,行間から漏れ聞こえてくるようだ.
更にかみ砕けば,「若者を労働者とみなさないことによって,もっとこき使えるようにしよう.」と,云っているようにも見える.

このような思惑の結果,2012年あたりから現れたのが,ノマド・ワーカーなのだろう.



�� なぜ,若者たちは「荒野」を目指したのか?

「フリーランスでやっていけるんなら,会社員もやれるだろ!」
「そもそも、会社員がイヤだからフリーランスなんて甘すぎる」

と云った,若者たちを責める自己責任論が,今のところ大半を占めているようだ.
「フリーランスは、楽じゃない!」
その通りだろう.
しかし,このことは,「会社員がイヤなら,自分で起業しろよ」という考えの破綻を意味する.

また,若者たちを責めることによって,素通りされた問いが存在する.
それは,

「なぜ、若者たちは会社を辞め?組織を嫌いになったのか?」

という,問いである.
筆者は「もはや会社/組織が,その構成員を守らなくなったためではないか?」と,考える.
例えば電通のような過労死覚悟の職場を嫌うことは,「体が資本」の無産労働者(サラリーマンも含まれます)にとっては合理的判断であるし,「先の長い」若い労働者の場合ならば,なおさらである.このことは,パワハラやセクハラについても同様である.

次にホワイトカラーの労働条件についてである.
80年代あたりからの合理化などにともない,「集団で仕事はするが,責任は末端へ」と、帰せられるようになった.すなわち「組織の一番悪いトコロ」ばかりを労働者が甘受するようになったのだ.経験もなく,賃金も低く,立場も悪い若者が,桎梏のみを押し付けてくる職場を後にすることは,これまた合理的な判断だろう.
このことに加えて,賃金面と待遇面の双方が悪化し,将来において「家庭をもてる」「シーメンスみたいに一生にわたって安泰」といった見返りが保障されていないことも,「若者の会社離れ」を後押ししているものと思われる.
平たく云えば,労苦に見合う賃金や待遇を与えることを,会社側が放棄したのである.このような状況下において「愛社精神」を要求するのは,虫が良すぎるのではないだろうか.
おまけに最近の会社は政府と足並みを揃えて,権利をひた隠しに隠し,義務ばかりを押し付けてくる.さもなければ,高橋まつりさんがクリスマスに身を投げることも無かったはずだ.

余談ながら筆者は,あの事件を深刻視している.というのも「東京大学→電通!」という絵にかいたようなエリートコースを歩んでも,社会移動(貧困からの脱出)はおろか,親孝行すら叶わなかったという無残な現実を露わにしたからだ.
もはや,『ドラゴン桜』,『ビリギャル』,そして,『下克上受験』は,単なる「架空の物語」へと成り果て,意味をなさなくなったのである(そうなってから,かなりの時間が経つのだが・・・).



��では,どうするのか?

政財界が「雇用によらない働き方」を推し進めていることは,先に書いた.
しかしながら, 「フリーランス」「SOHO」「在宅ワーク」と云えども,一定の労務管理(人による,人に対する管理)は存在するし,労働基準法上の「労働者」に該当するケースは,かなり有ると思われる.
ならば,「自営業と雇用の美味いとこ取り」戦略を用いた「フリーランス」の待遇改善は,考慮されるべきだろう.実態としては「名ばかりフリーランス」なのかもしれないし,「自由」の付随物が過酷な労働条件である必要は無いのだから・・・.
そもそも「雇用だとコストがかかるから,フリーランスということにしちゃえ」という安易な考えで政財界が推し進めた働き方である.

なお,21世紀に入りだしたあたりから,「職場での人間関係=最大の労働条件」と,云われだしてきた.このことを考えに入れるに記事中にある働き方は,人間関係に由来する様々な桎梏を極減させた働き方であるため,多くの人々の就労を可能にするだろう.
「フリーランス」等と呼ばれている働き方を「雇用」へと転換することは,これまで労働市場から排除されてきた人材が活躍できるという可能性を内包しているのである.このことに加えて,厚生年金や労災,そして,失業保険等の社会保障制度への包摂も「射程」に入ってくるのだ.



�い�わりに

冒頭に筆者が記したように,昨今の労働問題は「雇用と産業の双方が,ムチャクチャに破壊されたこと」に起因する.
スペインやイタリア等の南欧各国(ギリシャに至っては,産業を整備する時間すら与えられなかった・・・),および,西欧各国における若年労働者層の高失業率は,彼らを雇用する産業が破壊され,「消えてしまった」ことに起因するのである.
かような事態を現出させたのは,安い労働コストのためには,海外へと工場を移転することすら辞さない巨大資本であり,経済界である.

このようなことを止めるためには,資本の海外移動を強く制限することになる.
しかしながら,このための具体的な方法を論じることは,紙幅と筆者の能力を超えているため,別の論者に譲りたい.

ともあれ,記事中のノマド・ワーカーの若者たちも,我々と同様に,経済的失策の責任を転嫁され,背負わなくともよかった責任とリスクを,半ば無理やり背負わされた人々なのである.












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