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2017年01月08日18:21

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【歴史に書いてないこと】 ヒトラーはなぜスイスを攻めなかったか?

地図:Wikimedia commons
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まあ、体調と相談しながらだが、受験生のように勉強している。

なぜか?トランプ政権が誕生したからである。これから、この国のあり方は根本的に変わるだろうし、変えねばならない。

なぜトランプ政権がそれほど重大なのか。アメリカが「世界の警察官」を辞めてしまう可能性があるからである。もう一つ重大な点は米ドル基軸体制が崩壊するかもしれないということである。

とりあえず、第一点を考える。アメリカが世界の警察官を辞めるということは「日米安保体制」が無効化、あるいは少なくとも今までとは違ったものになるだろう、ということである。どうやってこの国の独立を維持してゆくべきか、根底から考え直さねばならない。トランプ当選とほぼ同時にプーチンが急に高圧的な姿勢に転じたのは、足元を見たのかもしれない。

そういう意味で気になる外国の一つにスイスがある。
この国の特色は「武装中立」である。他国を侵略しない代わりに徹底的に自主防衛で自国を守る。そういうコンセンサスが出来ているのだと思う。それから、直接民主主義の伝統がある。これも研究すべき点である。

第二次大戦中、この国は360度、ファシズム諸国に包囲された。以下の年表はWikipedia諸項目を基にエクセルで並べ替えたものである。

年 月 日
1925 12 24 ムッソリーニ独裁体制確立
1933 1 30 ヒトラー内閣成立
1933 3 23 ドイツ、全権委任法
1938 3 13 ドイツ、オーストリア併合
1939 8 30 スイス、武装中立と非常事態を宣言、アンリ・ギザン最高司令官に
1939 9 1 ドイツ、ポーランド侵攻、第二次世界大戦始まる
1940 6 21 フランス降伏
1940 9 27 日独伊三国同盟(ドイツとイタリアが正式に結ぶ)
            (この間、完全包囲体制)
1943 7 25 ムッソリーニ失脚
1944 6 6 ノルマンディー上陸作戦
1944 8 25 パリ開放
1945 4 13 ウィーン陥落
1945 5 7 ドイツ降伏

まず、1925年にムッソリーニが独裁権を確立し、南がふさがる。
それから、1933年にはヒトラーが全権委任法で独裁を確立、北がふさがる。
1938年にはオーストリアがドイツに併合され、東がふさがる。

1939年にはスイスは非常事態を宣言し、アンリ・ギザンを最高司令官とする防衛体制を確立する。ドイツがポーランドに侵攻し、第二次世界大戦が始まったのは、その二日後である。
さらに翌年、フランスはドイツに攻められ降伏する。これで、スイスに対するファシズムの完全な包囲が完成する。1943年のムッソリーニ失脚まで完全包囲は続く。

この間、スイスの取った戦略。

外交的には、中立。

ファシズム陣営に加わらないだけでなく、連合国にも加わらない。加わっていたら、侵攻されたかもしれないが、わからない。
このため、「誤爆」と称して連合軍の空爆も受けた。
また、ユダヤ人難民はかなり受け入れたが、全部ではなかった。また、ユダヤ人パスポートにJの印を押した。これは戦後問題にされるが、360度包囲の中でドイツの侵攻を防ぐのは奇麗事で済む話ではないと思う。絶対的な劣位にあった。

軍事的には、空前の徴兵。42万人の民兵が動員された。一部、女性まで徴兵された。
それから平野部を放棄して山岳戦に持ち込む戦略だった。実際にはナチスは侵攻しなかったので実行はされなかった。

なぜドイツがスイスに侵入しなかったかは歴史の謎である。

私説。
1.国際決済銀行(BIS)の本部がスイスのバーゼルにあった(今もある)。本来は第一次世界大戦の賠償金をドイツに支払わせるための銀行であったが、この時代にはナチスのサイフ代わりになっていたという。
2.連合国、とくにチャーチルを「中立国」スイスに呼びつけて降伏文書にサインさせるような舞台として考えていた?演出としては満点である。

しかし、まあ謎。しかし防衛ということを考える上で、よくも悪くも教材にすべき国だと思う。皆さん、必死で考えて下さい。
憲法の非常事態条項は、極めて慎重にではあるが、研究すべき課題である。
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