今回のテーマは、「禅」です。
鈴木俊隆禅師(1904〜1971)
神奈川県平塚市生まれ、1916年森町蔵雲院に引っ越し、森町尋常高等小学校に通う。
1919年平塚に戻り、逗子開成中学に通う。1924年曹洞宗大学(後の駒澤大学)へ進む。
1926年駒澤大学の本科に入学。
1927〜29年英語をノナ・ランサム女史(英国人)に学ぶ。
1929(昭和4年)森町蔵雲院の28世住職に就任。
1930〜32年永平寺、総持寺にて修行。その後蔵雲院に帰山。周辺の大洞院(森町)や
可睡斎、林叟院(焼津市)にて講師や雲水の指導を行う。
1935年(昭10)村松ちえと結婚
1936年 林叟院の住職を兼任。
1939年(昭14)蔵雲院で長男包一が生まれる。蔵雲院住職を岡本憲道に譲り、林叟院に
転住。
1945年(昭20)5月満州に渡る。ハルピンに林叟院の末寺を作ろうとするも断念、7月に帰国
1946年 林叟院高草塾を開設して青年層に参禅修行を指導)
1952年 妻ちえ急逝
1959年(昭34)渡米しサンフランシスコの桑港寺に入山。再婚した妻ミスが同行。
1961年 桑港寺の近くに発心寺(シテイセンター)を開創する。
1965年 ロス アルトスに俳句禅堂を開創。のちにステイーブ・ジョブスがここで修行。
1966年(昭41) 一時帰国して、林叟院の住職を息子包一に譲る。
1967年 サンフランシスコゴールデンゲートパークで開催されたヒッピーの集会に参加。
タサハラ禅マウンテインセンター(禅心寺)を建設。禅センターを補佐するために知野
弘文を永平寺から招聘。
1971年(昭46) 弟子のリチャード・ベーカーの晋山式の後、間もなく逝去。
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