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2016年10月03日00:26

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野岩鉄道30周年記念ツアー

東武トップツアーズ主催で、mixiの東武鉄道コミュでも募集がかけられていた往復貸切電車利用の野岩鉄道30周年記念ツアーに参加してきました。
浅草駅集合で朝は8時半に電車が出発するので、余裕を持っていつもより早くうちを出ました。
上野から浅草までは銀座線を使いましたが、またしても3画面になった編成に当たりました。
浅草駅には余裕を持って到着でき、集合の点呼後に改札に入りました。
mixiで募集がかけられた東武関係の電車貸切イベントに参加するのは2回目で、今回の貸切電車は野岩鉄道6050系でした。

フォト

野岩鉄道所有車は3本だけで、東武6050系とは完全に同一仕様で共通運用なので、なかなか見つけにくい車両ですが、今回はそのうちの2本を使用した4両編成で運転されました。
6050系は、野岩鉄道の開業に合わせてまず今回使用された編成のうち1本が新車として落成し、その後に旧6000系の下回りを流用して車体のみ新製した編成と新車もう1本が続々と完成して野岩鉄道の開業を迎えましたが、当時のこの地域への観光がブームとなったため、開業後しばらくしてさらに新車を追加製造して増発が行われました。
この車両は鉄道趣味的に見るとなかなか面白い車両で、異なる行先の列車を連結するための対策として、車内にも行先表示幕が設置されています。今だったらLEDや液晶画面の案内表示器を設置することしか思い付かないでしょうが、当時はそういうものがまだほとんど普及していなく、その中で生み出されたアイデアですね。因みに旧6000系時代には、縦書きで「日光線」、「鬼怒川線」と書かれた「相棒」の特命係の部屋にある木札みたいなものが連結面にぶら下げてあった記憶がありますが、うろ覚えなので間違えているかもしれません。
今回の表示は「団体専用たびじ」で、東武の臨時快速や団体列車の愛称です。昔は逆台形の小さなヘッドマークがありましたが、今の車両はヘッドマーク掛けがなく装着不可能なのでありません。たびじに乗ったのは、小学生の頃に川治温泉へのツアーで5700系を使用した貸切列車以来です。
貸切電車は、浅草を出ると北千住、春日部で途中合流の客を乗せ、その後は東武動物公園と新栃木で運転停車をしただけで、下今市までは速かったです。
新栃木を過ぎると左側に風車が見えてきますが、ここは曾祖母が住んでいた場所の近くで、私が子供の頃は森林でカブトムシが取れた場所ですが、風車のある工場や住宅地になってしまいました。曾祖母の死後は全く足を運んでいませんが、遠い親戚は今もいるはずです。最近ここが変な夢に出てきたのですが、遠い親戚の家の一つに朝の通勤時に見かけた篠田麻里子みたいな人が、曾祖母の家に某店の西野カナ系メイドがいるという変な夢でした。
正夢か確かめたい気もしますが、本当にいたらいたで、篠田麻里子みたいな人に「何しに来たの〜」と冷たくあしらわれて物を投げつけられるか、西野カナ系メイドには赤ちゃん言葉で小馬鹿にされるのがオチなので、止めておきます(嘘)。
下今市より鬼怒川線に入りましたが、ここから先は一部区間を除いてほとんど単線なので、速度もかなり遅くなります。
また下今市駅といえば、長年に渡ってホーム上で駅弁の立ち売りが行われていましたが、駅弁売りのおじさんが高齢のため、昨年の8月で辞めてしまったことで終了したそうです。来年のSL運転開始まで続けてもらいたかっただけに、非常に残念です。
鬼怒川線内では交換待ちの停車が多くなりますが、会津鉄道から直通の赤い気動車や、JR車の特急とのすれ違いがありました。
そして、鬼怒川温泉で最後の客扱いとお弁当の積み込みが行われました。
鬼怒川温泉は久々に通りましたが、かつての賑わいはなく、廃墟化したホテルが沢山ありました。高校時代の夏休みに学校で「勉強合宿」(希望者のみ)というのがあり、親に言われて参加させられましたが、その際に数日間に渡って缶詰めになったホテルも廃墟になっていたのは、非常に寂しかったです。
ホテルの宴会場を教室にして、朝から晩までひたすら授業というもので、夕方に少し自由時間があるだけでした。そのストレスからなのか女湯を覗いた奴がいたらしく、激怒した女子が自警団を結成したり犯人探しに躍起になっていたということもありました。
その後は、新藤原より野岩鉄道に入りました。東武ではほとんどトンネルはありませんが、野岩鉄道はトンネルだらけになりました。この区間は、鉄建公団によって昭和中期に「国鉄野岩線」として途中まで建設されたもので、この当時の新線はローカル線でも高規格で高速運転が可能な路線になっていますが、国鉄再建法に伴って工事凍結となり、その後は第3セクターに移行して、東武に直通するように変更されて工事再開し、開業を迎えました。
この計画自体は明治時代からあったそうで、それによると古河〜栃木〜鹿沼〜今市〜会津田島〜会津若松〜喜多方〜米沢を結ぶという壮大な計画だったようです。古河から今市は東武日光線がほぼ同じルートを通ることで実現し、会津若松までは現在の東武鬼怒川線、野岩鉄道、会津鉄道、会津若松から喜多方はJR磐越西線の一部ですが、喜多方から米沢までは今も鉄道がありません。かつては喜多方から途中の熱塩まで日中線というローカル線がありましたが、非常に赤字額の大きい路線だったようで、結局米沢に辿り着くことができないまま廃止されました。

フォト

また、ここで昼食で配られた「栃木牛めし弁当」を食べました。温泉卵がついているのが、温泉地の弁当らしいですね。物凄く美味しい訳ではありませんが、こういう場所で食べると雰囲気が出るので、いいですね。
電車はこの先、龍王峡、川治温泉、川治湯元と進みましたが、先に書いた子供の頃にツアーで泊まった川治温泉のホテルが眼下に見えました。当時は野岩鉄道開業翌年の夏休みで、何気なく撮った写真に今はなき東武3070系がこの橋を渡っていました。ロングシートだし古くて冷房もない電車なので評判は悪く、6050系の新車が追加製造されたらすぐに撤退したはずなので、野岩鉄道をこの車両が走る写真は貴重なのですよね。
因みに当時乗った5700系は鬼怒川温泉止まりで、そこから川治温泉まではバスでした。5700系に野岩鉄道入線実績があるのか調べたのですが、全く記録が残っていないのを見ると、おそらく入線したことはなさそうですね。
その後、トンネル内にある湯西川温泉を通過。トンネルを出ると五十里湖を渡り、中三依温泉を通過して上三依塩原温泉口で交換待ち。名前が長いし早口言葉みたいな駅名ですが、ここは開業当初は「下野上三依」という名称でした。仮称は「上三依」でしたが、当時の国鉄会津線(現・会津鉄道)に「上三寄駅」(現・芦ノ牧温泉駅)があったため、紛らわしくならないようそういう名称になり、その後に塩原温泉郷を結ぶ道路とトンネルが開通した際にその玄関口であることを強調すべく「上三依塩原」と改称され、最近になって現在の駅名に改称され、名前がコロコロ変わった駅です。
地元の悲願だったそのトンネルの開通は、故・渡辺美智雄議員のおかげと言われており、昔そのトンネルの向こうに行ったことがありますが、出口の横に小奇麗な広場があって、そこにまるでスターリンとか独裁者の銅像かと思わせる渡辺氏の銅像があります。
その後は、周囲に家などが一つもないのに何故か駅があり秘境駅と言われる男鹿高原を通過して、終点の会津高原尾瀬口に到着。ここも駅名変更が二度あり、野岩鉄道開業時に会津滝ノ原から会津高原に改称され、その後に現在の駅名になりました。
今は東京方面からの会津の玄関口となっている駅ですが、野岩鉄道開業前は盲腸線の末端駅で、ほとんどの列車がこの先の会津田島止まりだったため、1日4往復しか列車が来ない駅だったそうです。また、国鉄時代には仙台発会津田島行きの急行列車もあったそうですが、当然ここまでは来ませんでした。

フォト

会津高原尾瀬口駅の改札では、犬駅長(?)によるお迎え付きでした。当初は公式な犬駅長かと思ったのですが、話を聞いてみると駅で飼っている犬ではなく近所の人が連れてきてそれらしい格好をさせているだけとのことでした。いわゆる悪質マニアや変わった人などがよくやる「セルフ車掌」ならぬ「セルフ駅長」ということですね。マニアの自己満足のセルフ鉄道員は迷惑だし鉄道趣味のイメージダウンでもありますが、こういうセルフ鉄道員は歓迎です。
改札を出ると最初に、地元の人の太鼓とイメージキャラクターの「やがぴぃ」に迎えられてセレモニーが行われ、野岩鉄道の社長と地元町会の自治会長の挨拶がありました。
その後は、物販やSLが走っていた頃に使っていた転車台見学、きのこ汁試食などがあり、全参加者同時に同じ場所は見学できないため、4班にグループ分けが行われ、私のグループはまず最初に転車台を見学しました。
転車台は駅構内にありますが、駅前広場から高架をくぐって、地図にも載っていない謎の池の横を通って、枕木で作った階段を上って行きました。

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レールは撤去されて鉄の枠だけになっていますが極めて原形をとどめていて、何十年も使っていない割には錆び付いていないのか、手で押すと少しだけですが回転するのには驚きました。
これが残っているのだから、東武で運転を予定しているSLをここまで走らせたらどうかと話す人もいましたが、野岩鉄道がトンネルだらけで窒息事故の危険があるということで、東武トップツアーズの人も「難しいでしょうね。」と話していました。
その後は、地元名産品の試食や販売を見て、きのこ汁を飲みました。野菜を程良い具合に焦がしてあり、なかなか美味しかったです。また、餅の試食もありました。
また、本数の少ないバスがちょうど到着したので撮りましたが、登山客風の人が沢山乗っていたので、尾瀬から来たようですね。珍しい低公害バスで、昨年1月に会津高原たかつえスキー場に行ったときに乗ったのがこのバスだったのですが、当時の写真を見返して見たら、ナンバーから全く同じ車両との再会でした。このバスでは整形前のスザンヌみたいな人が隣に座りましたが、その乗客との再会は(以下略)
また、駅前の恋路川と恋路橋を見ました。工事の看板が立っているため、いい風景ではありませんが、「橋の欄干に赤い糸を結ぶと恋が成就すると伝わります」とのことでした。
次いで、開業時の記念ヘッドマークを車両につけて記念撮影タイムとなったので、これも撮りました。


撮影中は、リクエストで行先や種別を色々変えてくれるとのことで、幕回しをやっている様子を動画撮影してみました。さすがに「快速急行」の表示はもう残っていないようですが、「特急連絡」は残っていました。
名前に「特急」と付きますが、東武日光〜下今市で運転し、特急「きぬ」に乗り換える客を対象にした列車で特急料金はかかりませんでした。今は途中の上今市にも停車するようになって「普通」となってしまいました。同様の役割の列車で、早朝に限りスペーシアを使用するものがありますが、これは「特急車両接続」という変な名称で、接続する「きぬ」の特急券を持っている人しか乗れない列車です。特急連絡の名称が廃止された後も走っているようです。
その後は駅前の小さな店を覗いていたら、店主のおばあさんがアイスコーヒーとふかし芋を入れて持ってくるなど、手厚いもてなしを受けてしまいました。その際に「うちのは舟和の芋ようかんより美味しい!」と話されていて思わず笑ってしまいましたが、美味しくいただいてきました。
また、さすがに何も買わずには出て行きづらいので、地域限定、期間限定のカルビーポテトチップス「いかにんじん味」を買いました。
そして、14:42に帰りの貸切電車は会津高原尾瀬口駅を出発しました。現地滞在時間は3時間弱で、片道の移動時間よりも短かったですが、転車台見学や手厚いもてなしなど、印象的な出来事の多い旅でした。
帰りの車内では、開業時の写真などが印刷された30周年記念乗車券が配布されました。
また、帰りも色々風景を眺めながらの移動でしたが、中三依温泉でスカイツリーを模した塔を発見。ここはスカイツリーより僅かに標高が高いことを売りにしているようで、それで作られたそうですが、夜にライトアップされたりもするそうです。
下今市までは単線のためあちこちで交換待ちがありますが、途中で会津若松行きの「AIZUマウントエクスプレス」とすれ違った際に、対向列車の大きな猫もとい橋本愛みたいな人がいるところがちょうど私の目の前で止まり、読書をする橋本愛みたいな人が反対の列車内とはいえ至近距離にいて、緊張しました(汗)。できれば反対の列車で会津に戻りたい気分でしたが、そんな呑気なことは言っていられません。
下今市からは複線になって速くなりましたが、疲れたので寝てしまい、気が付いたら利根川を渡って埼玉県に入った辺りでした。北関東や東北方面を旅すると、いつも利根川を渡った途端に、まだまだもう少し先だけど現実に引き戻された気分になりますね。
帰りは行きよりもやや多めに時間がかかり、18:35に浅草に到着。
到着後はまっすぐ帰るつもりでしたが一人飲みをしたい気分になったので、何度か入ったことのある居酒屋に行きました。
前回は、運河行きの臨時特急「きりふり」乗車時に立ち寄り、東武の長距離列車に乗るときには何故かよく立ち寄る店です。前回は戸田恵梨香にも似ているE-girlsの石井杏奈みたいな店員がいましたが、今回はいませんでした。
まずは安いライチ酒で乾杯して、マグロユッケと油揚ネギタルソースを食べ、最後はアジアンチャーメンを食べて〆ました。
次回は休みやスケジュールがうまく合えば、21日(金)夜出発の「日光夜行」(尾瀬夜行同様の東武トップツアーズのツアー専用貸切列車)に乗ろうと思っているのですが、行かれるかは微妙な状況です。

今回の日記、その他写真は、こちらにもアップしております。
(1)http://blogs.yahoo.co.jp/silkroad_vx/40245187.html
(2)http://blogs.yahoo.co.jp/silkroad_vx/40245210.html

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