mixiユーザー(id:5283814)

2016年09月29日22:42

256 view

シェア・ザ・ワールド

http://www.sharing.org/node/736#パート II:内部と外部のCO2 より

STWRの創始者、モハメッド・メスバヒはこのインタビューで、激化する気候変動の緊急事態との関係から、世界資源を分かち合うことの現代の政治的そしてより深い霊的双方の重要性を考察します(パートIは、英語の原文以外の日本語を含んだ外国語の翻訳からは省かれています)。この予備的対話を通して、最も重要な優先事項としてゼロ・カーボン経済への移行を政府に強いる止むことのない抗議デモ活動により、活動家や従事する市民が前進するための方法をメスバヒは提示します。

パートIIではグローバル生態学的危機に内在する心理的・霊的原因へと考察を広げます。それは、なぜ私たちの現代社会が環境的に持続可能な生活様式へまだ移行していないのかという、更に深遠な理由について「内部の」方向性に沿った探求へと導きます。パートIIIでメスバヒが主張するように、不必要な人間剥奪を終結することへの懸念が自然環境を保護する必要と同じ程、大衆意識の中で最重要となる時にのみ「愛の実践」が真の行動の中で実現されるでしょう。全体として、この広範囲にわたるインタビューは、より平等、公正及び均衡な世界秩序へ向かってのメスバヒの大規模な市民参加の先駆的ビジョンへの紹介として働きかけます。


コンテンツ:

パートI:「公平な分け前」を通しての公正な移行 - 英語テキストのみ

パートII:内部と外部のCO2 

パートIII:愛の実践を行動で示す





パート II:内部と外部のCO2

化石燃料の大部分が地中にとどめておかれる必要があるという一致した意見の高まりにもかかわらず、気候危機から利益を上げ化石燃料産業の利益を促進し続ける権力的リーダーや企業のエグゼクティブの思考設定をどう説明しますか。

最も総合的な評価から私たちが実際に目撃しているのは、相反する左翼政権と右翼政権、あるいは確固とした革新派と反動派の姿勢の間のますます分極化した視点によって代表されるように、古い時代と新しい時代の間で起こっている戦争です。国家及びグローバル双方のレベルで悪化する極端な不平等によってもたらされた、ますます拡大する社会的格差とグローバル紛争をもまた私たちは目撃しています。従って、この激化する危機と無秩序の大混乱の中で、ロビー活動や気候変動への否定を通して彼らの化石燃料産業エンパイアを維持することを、何としてでも止めないであろうコーク兄弟のような億万長者の企業のエグゼクティブの意識を理解することは、平均的市民にとって難解です。

地球の破壊から利益を上げている人もまた、キーストーンXLパイプラインに反対する活動家や化石燃料への投資撤退を提唱する人々など、彼らと戦う人々の意識を理解することは決してないでしょう。汚染する企業と新たな契約を公衆の背後で交渉し続ける間、気候変動のための野心的な取り決めに最大限の努力を投じると公言する政治家をも含んだ、今日の気候危機から利益を上げる人々の思考設定を理解することが誰も出来ない時点に来ています。従って、過ぎ去った時代の古いあり方を代表し、自己探求する個人の意図を理解しようとするより、むしろ私たちの集団的未来のために戦う環境運動家の考えを理解し、即急彼らに参加するのが私たちにとって有益でしょう。

100%再生エネルギーとより資源集約型でない生活様式への転換のための経済的、環境的及び社会的な正当性がどれだけ明白であるかということを考慮すると、この偉大な社会改革を緊急に誘導するのに必要な政策の実施になぜ政府が失敗しているのか、実際のところ不思議に思う人がいるかもしれません。現在の経済システムやそのイデオロギー的支配によって課された制限の視点から、十分な政治的行動の欠如について改革的思想家が説明出来るとしても、経済的グロバリゼーションや新自由主義の理論的分析に要約され得ない更に深遠な何かが密かに起こっています。

密教的、霊的視点から、現実には、新たな生命力が迅速に世界に入って来ていますが、古く競争的で退廃し、権力に飢えた過去のあり方に終わりが来ていることを認識する聡明さも優美さも権力層の政治家たちは持ち合わせていません。これらの古いやり方の最も極端な支持者は、自国を再び超大国として復興させ、左翼と右翼の「主義」を通して権力を巡る戦いに従事し続けることについて以外は何も話しません。それは国と国の間の善意と協力の表現を最終的に抑止します。常にそうであったように、これらの無知な態度を源とする政策の巻き添え被害を被るのは、世界の貧困者と環境なのです。

悲しいかな、分かち合い、正義及び正しい人間関係に基づいた経済的、政治的変革を要求する、世界に入って来ている新たな勢力を受け入れる時が来ているということを、意識的または直感的に認識している賢明な男女は今日の主流政治において大変稀です。最終的に、気候変動の根底にある原因要素は人間の意識や認識の問題であり、そしてこの問題は本来私たちの時代を定義付ける、本質的に霊的な相互連結した全危機に密接に関係しています。

気候変動が本質的に霊的であり、人間の意識の問題に起因しているということの意味を更に詳細に考察することは興味深いでしょう。人生について霊的理解と政治的、経済的及び環境的問題を融合させることは革新的思想家や活動的市民にとって価値があることでしょうか。これは、より霊的または密教学的視点から人類の問題を詳細に検討する、あなたの連載執筆、分かち合いの原理についての考察の主なテーマであるようですが。



ここであなたは、このインタビューにおいて大変違った種類のエネルギーと原動力を持って全く新たな方向転換をするよう私を即していますが、それに喜んで応じましょう。なぜなら、COPの交渉や他の国連サミットの政策詳細のための解説者となることに私の主な関心があるのではなく、むしろひとつの人類の視点から私がしばしば言及するグローバルな相互連結に関する霊的理解に基づき、公衆の世界的蜂起を扇動することを促進するためだからです。持続可能な経済システムへの正しい推移が実際どうのように起こり得るかについての現実をもし私たちが把握したいなら、人生の内側に対する認識がなくてはならないにもかかわらず、殆どの運動家サークルでは政治と霊性の交差点についてほんの僅かしか話し合われず理解されていません。

私たちがちょうど今考察したように、経済力、競争及び資源の利己的な取得に基づいた古い政治的思考を持つイデオロギー的支持者は、大衆の善意や自己知識に基づいた真の教育を通して世界をどのように変革するかについての教えに興味を持つことはなさそうです。しかし、聡明な人々がより良い世界を提唱する時が来ており、特に若者はハートとその特質についての認識に根付いた更に全体論的、包括的または霊的な知覚能力を持って政治問題を見ることが望まれます。

もし私たちが誠実で世界資源の分かち合いについてより深遠な霊的意味合いを理解することに興味があるなら、ひいては私たちのアドボカシー活動と政治の理論立てにハートについてのこの新たな理解を導入することを学ばねばなりません。それは、社会及び環境正義のための種々の目標を諦めるとか、あるいは政治的追求と並行してある密教哲学について読み始めねばならないという意味ではありません。読む価値のある多くの霊的教えがありますが、しかしそれは、私たちの分割され宿命的に商業化した世界の中の正しい人間関係の意味をもっと私たち自身で調査して行くという問題です。そしてそれは必然的に私たちの現在の活動の中で自分たちの利益となり、社会がどのように変革する必要があるかについての理解に深みを与えます。従って、善意の一般人がこの違った種類のエネルギーと全人類の相互依存について新たな認識を持ち、彼らの思考の中でどのように異なった経路をとれるかということに私たちは第一に関心があるのです。

環境問題に関連して私たちは内部と外部のCO2、あるいは異なったもの同士ではあるものの私たちの惑星の未来を脅かすふたつの相互関係した汚染形態としてこれを捉えることが出来ます。外部汚染は大気や自然環境の視点から果てしなく話し合われていますが、しかしより大きな問題は、今日の文明的または霊的危機の絶頂に達している、何千年もを通して人類の活動を決定して来た内部汚染です。言い換えると、貪欲、自己本位、甚だしい野望、傲慢、自己満足的な無頓着さ、無関心、偏見、憎しみ、その他諸々 − これらが私たち集団としての運命をかたちどり、周囲に見られる悲惨な環境的効果を生み続ける内部の態度と意図なのです。外部のCO2はひとりでには起こりません − それは明らかに個人から国内及び国家間までのレベルにおいて、私たちの考えと行動を動機付ける内部のCO2の結果なのです。

従ってそれは、社会の優勢な「内部の」価値が物質主義的そして自己中心的関心から大きく恩義を受けている時、大企業や政府の外部活動と戦うだけでは安全でバランスのとれた環境をもたらすことは最終的に不可能です。無数の個人の意図を通して表現されているように利益、権力、富及び贅沢への衝動が、既に4度以上の上昇によりこの惑星を加熱するよう私たちに強いている時、世界の気温上昇を1.5度以下にどのように制限出来るのでしょうか。それにもかかわらず、唯一より経験豊かな環境キャンペーナーだけが、人類の内部の態度をどのように変革するかというこの疑問について考えているのです。

特にグローバルな環境危機に関連して、「内部のCO2」と人類の相互依存についてのこの認識の理解とその実行を試みることによって、私たちに有益となり得る具体的な方法は何ですか。

化石燃料を地中にとどめ、緊急に世界をクリーン・エネルギーへ移行させることによるなど気候危機に取り組むために、政府や主要な企業はなぜもっと同調した行動をとらないのかという理由の背後の謎のようなものについて以前私たちは話をしました。そしてこの疑問に実際に答えるために、グローバル資本主義の何が間違っているのか、そして経済システムはどう変革されるべきかということについて、総合的分析の視点から「外部的」説明だけを見ることが出来ないと理由付けました。問題の内部的または心理的原因と人間自身がどのように変わるべきかをもまた同様に私たちは見る必要があります。

世界危機のより深遠な霊的性質に波長を合わせた誰にとってもこの方向性の探求を続ける価値は言わずと明らかであり、それは、私たちのハート及びマインド双方を調和的に連結する、より総合的な認識を持って、人類の問題を見るよう私たちが学ぶことを要求します。しかしながらハートとその特質は決して複雑ではなく、唯一最もシンプルな基盤のもと理解され得るのだということを心に留めておいて下さい。それは、世界問題に関する「内部的」認識がなぜ、知識人や鍛錬された政治的活動家へアピールすることに多くの場合失敗するのかを部分的に説明しています。

上記の例に基づいた、ハートがより従事したこの考え方を導入するために、私たちは100%再生エネルギーへの移行とより簡素な生活水準は比較的短時間枠で実行可能でありそして達成され得ることを観察出来ますが、それは政治的意思があるなしの問題ではありません。より根本的に、それはどれだけの愛がそこにあるかという問題です。なぜなら例えば、水産業やアグリビジネス、あるいは多雨林伐採、露天掘り及び山頂除去の周りの外部の活動の背後に横たわる人間のすべての意図を理解するなら、それは明らかに自然への愛や畏敬の念の気持ちによって動機付けられているのではないからです。それは市場勢力と複雑な経済的インセンティブに基づいた、経済システムへの追従によるお金と利益の思考設定に唯一関係しているのです。 

この「愛」についての話は、機能不全社会に根元を持つ社会的不正や環境劣化の根本的な心理的原因を知覚することに実際私たちの関心があり、従ってどう皆がお互いに仲良く平和に自然と共存するかについてのあやふやなアイデアの中に迷い込んでしまうべきではありません。お金と利益への衝動の背後にある意図自体が、私たち自身にだけでなく、お互いと周りのすべてに対してもまた全方面で有害である傍ら、最も基本的な霊的及び心理的意味の「愛」は、「危害を加えない」ことを意味します。

大規模なオイルサンド事業のディレクターたちがもし美しい遠隔の田園地方へ近づいたとしたら、そして彼らがもしこの世界に存在する万物への愛と畏敬の念の気持ちに動機付けられていたとしたら、明らかに、彼らがその自然環境を破壊することはないでしょう。そして、環境劣化を激化させるよりむしろ治癒することを促進出来る何か他のことを人生に求めるでしょう。内部の認識を持って世界問題を分析する時、これらの個人が彼らの活動から莫大な利益を上げることの出来る唯一の理由は、彼らが自分たち自身を知らず、そして自身が内部に持つものを知らないからです。最終分析においてそれは、自己知識と認識の欠如が私たちの全問題の根底をなしており、内部の自己の真の霊的現実についての無知を意味します。

そのような極めて人間的で基本的に霊的視点から世界危機を考察することにおいて、多くの人々へ広範囲に訴えかけるかもしれませんが、革新的運動家や学者の様々な活動や目標に関係して、よりハートに従事した考え方の導入における彼らにとっての実際的利益についてもっと明瞭にしてもらえませんか。より良い世界を強く求めて戦う人々にとって、この方向性に沿った探求の真の重要性は何ですか。



この疑問をあなた自身で答えることを助力するために、先ほどあなたが使ったフレーズ「政治的意志」を再び綿密に考察し、それについて暫く熟考して下さい。現在の物事の秩序には代替策がなく変えることが不可能だという錯覚にそれは包まれているため、そのフレーズ自体が希望的でないどころか絶望的感覚を生み出していることをあなたは見出すでしょう。従来のやり方と新たなやり方の間の今日の戦争を私たちがどう目撃しているかについて考察した時、そのフレーズ「政治的意志」の全語源が過去の冷戦時代の従来のやり方どころか、その時代以前のジョン・ロックやアダム・スミスのような古典的経済学者にもまた属しているのです。それは、下方にある公衆からの適切な圧力により、エリートの利益の負担のもと最低限の懐柔的表示行為を見せるであろう政治的指導者と、影響力を持つ権力者たちの行動によって、変革は上方からのみもたらされるということを本質的に意味しています。

さて、そのフレーズ「政治的意志」と「実践される愛」についてのアイデアを対比させて、危機的世界状況との関連においてそれが意味することの重要性を想像してみて下さい。一方は全体に浸透した私たちの相互連結する危機の大混乱の中、急速に崩れ去る従来の秩序と制度を象徴する傍ら、もう一方は未来に向けてのものであり、世界に急速に入って来ている新勢力と統一的エネルギーのためのものです。従って、今日私たちが最も必要とするものは、絶対不可欠な政策を実施するための政府の唯の「意志」ではありません。それは、現在国を運営する政治的会計士たちに、私たちを代表して地球を救うことを頼むに等しいのです。私たちが必要とするものは世界における愛と知恵の顕現です。なぜなら、もし愛のエネルギーが人類の集団的行動の背後にある一般的な動機要因であるなら、ひいてはそのための政治的会計士も政治的活動家のようなものも存在していないだろうからです。無神論者は神への信念なしで存在し得ないと私は以前記述しましたが[3]、同じような比喩を使うと、政治的運動家は愛なくして私たちの世界の中で存在出来ないのです。      

政治的行動主義はともかくも無駄であるとか、またはそれが現在の形態において誤った方向へ導かれているとかいうことを私は暗示しているのではなく、私たちの激化する社会的、環境的混乱を考慮すると、それは完全にその逆なのです。しかし、何百万人という人々が貧困の中死に行き、人為的気候変動の問題が大惨事的クライマックスに迫り、冷血な盗みと憎しみが国際情勢に蔓延る、豊富な資源のある惑星で「愛」が実際何を意味するのかもし自分たち自身で理解したいなら、ひいては生来の慈悲的認識と固有の良識の中で私たちは連動する必要があります。私たちが観察していることは余りに平凡ですが、ハートの真実は常に飾り気がなくシンプルであるが故賢明です。今日の世界問題の状況での愛は無執着への必要性と密接に関係しています。それはこの点において、貪欲、自己本位、そして激しい競争、環境破壊及び合法化された窃盗の従来のやり方などへの無執着を意味します。


0 12

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2016年09月>
日 月 火 水 木 金 土
    123
45678910
11121314151617
18192021222324
252627282930