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2016年09月19日18:05

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【旅行記】2016.8-タイ(コラート・ピマーイ・ロッブリー)-

写真はこちら
http://photo.mixi.jp/view_album.pl?album_id=500000100384154&owner_id=3688633

一つ前のライブレポ(View数400とか…)と違って誰も読まないけど、記録だから書くよ…mixi死んでるから旅行記移動しようかなあ。まあ、FBにも同じの載せてるけど。

【コラート】

台北からバンコクのスワンナプーム国際空港に着いたのは、昼過ぎ。BTSを乗り継ぎでサパーン・タクシン駅に向い、そこからバスでモーチット・バスターミナルに到着。幸運にもコラート行きのバスは15分後に出発の便があった。

4時間強かかって、コラートの第2バスターミナルに到着。
ナコーン・ラチャシーマー(通称コラート)は、イサーン地方最大の都市。最近、チェンマイを抜いてタイ第2の都市になったとか。
コラートが宿はこちら。
Romyen Garden Place
https://www.booking.com/hotel/th/romyen-garden-place.ja.html?aid=813850;label=yahooja-city-nakhon-ratchasima-anjzN0aKxwW5GboT61PGpg-104386148362;sid=301b0f01cfa3694e1193f7bdf1abeda4

自分にしては奮発して1泊2500円以上出した。部屋は広く、お洒落で極めて清潔。簡単な朝食付。東京で泊まったら2万位しそうな感じ。日本人出張者の宿泊が多いとの事で、日本人男性の従業員もいるので、言葉も安心。

この日は夜の到着だったので、宿近くのショッピングモールを少し彷徨って、地元の人で賑わっている食堂でラープを食べた。個人的にはイサーン料理と聞いてすぐに思いつくのは、このラープかな。

翌日。宿から少し歩いてヤーモ像を見学。昔、コラートに攻めてきたラオス軍を撤退させた女性らしい。
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コラートに来たのは、ピマーイ遺跡に行く為である。というわけで、再び第2バスターミナルに向い、ピマーイ行きのバスに乗り込む。そんなに待たなかったので、本数はソコソコあると思う。

【ピマーイ】

1時間程でピマーイの街に到着。バス停から遺跡が見えるので、迷う事は無い。
ピマーイはアンコール王朝の主都アンコール・ワットの副都的な役割を担っていたと考えられている。多くの建築物は11世紀から12世紀の間、スーリヤヴァルマン1世によって建てられたと見られている。その後、ジャヤーヴァルマン7世がピマーイ寺院を大乗仏教寺院に改宗した。

アンコールワット以来のクメール遺跡である。入場料を払って中に入ると、遺跡全体が赤砂岩の壁で取り囲まれているのがわかる。右に小さな資料館、左に王が儀式を行う時の控えの間がある。それらを軽く見て中央回廊に進む。回廊の入口には、両側にシンハ(獅子)とナーガ(蛇神)の像が備わっている。
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僅かに残っている窓枠や門の彫刻を見学しながら中央回廊を進むと、アンコールワットを彷彿とさせる3つの祠堂が聳えている。
中央の祠堂の中には、ナーガに守られた仏像(レプリカ)が祭られている。また、それぞれの祠堂の入口や土台には、細かなレリーフが施されていて見応えがある。
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中央祠堂は狭い回廊を備えた外壁に四方を囲まれているが、この外壁にも所々豪華な装飾が施されていていた。
公園内には出土品と見られる仏像や、リンガなんかも野外展示されている。木陰で休んで見学してを繰り返し、1時間半〜2時間程で見学終了。全体的な印象としては、ミニ・アンコールワットというよりは、アンコールワット遺跡群の一つと言ったところだと思う。ただ、この中央回廊を果てしなく行った所に若い頃に見たアンコールワットがあるのかと思うと、感慨深い。
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バス停の方に戻り、小さな公園の中にある煉瓦作りの遺跡を軽く見学。ピマーイの関連遺跡だそう。
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その後、近くの食堂で麺料理のランチ。サッパリしてて美味しかった。本当はピマーイの博物館もあるのだが、この日は休館日。なので早々とバスに乗ってコラートに戻る。コラート行きのバスは、降りた所の斜め向かいのスーパーの前あたりから出るので注意。

まだ明るい内にコラートに戻れたので、コラート近郊のパノムワン遺跡を見学しに行く事にする。第2バスターミナルから第1バスターミナルにタクシーで移動、第1バスターミナルで色んな人に聞きまくり、やっとパノムワン遺跡に行くソンテウを発見。(例の黄色い本に載ってるソンテウの番号とは違った)。
何故か途中でソンテウを乗換えさせられ(追加料金無)、村の交差点で降ろされた。黄色い本にはここからバイタクをチャーターか徒歩と書いてあるが、バイタクの気配はない。
ここは一体…と暫く唖然としていたが、交差点に屋台が幾つかあったので、屋台のおばさんに方向を聞いて歩き出す。真っ直ぐな田舎道を歩く事20分以上、暑さでヘトヘトになった所にやっとそれらしき遺跡が見えてきた。

パノムルン遺跡は10〜11世紀タイ東北部がクメール王朝支配下だった時代に建てられたクメール様式のヒンドゥー教寺院で、のちに仏教寺院となる。

然程広くない敷地に寺院の遺跡が悠然と佇んでいる。
寺院の中には仏像が幾つか祭られており、それらには花が備えられていて、今もなおこの寺院は遺跡というより、地元の人々の信仰の対象である事がわかる。ピマーイの様な美しいレリーフ等は僅かしか見られず、自家用車で来ているタイ人はいたが、外国人観光客はゼロ(ピマーイはフランス人とかいた)。交通が不便の割りには見応えが無いので私の様な物好きではないと、わざわざ来ないのかもしれない。
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帰りはまたあの道を交差点まで歩くのか…嫌だなあと思いながらトボトボ歩き出したら、なんと婦人警官のおばさんのパトカー(?)が止まってくれて、交差点まで乗せていってくれた!イサーン人は本当に優しい人が多い。
道を聞いた屋台のおばさんの店でジュースを買って休憩していたら、すぐにコラート行きのソンテウが来たので何とか暗くなる前にコラートに着いた。

明日にはコラートを去るので、この日の夕飯はナイトバザールへ。宿から徒歩15分位、チェンマイのナイトバザールに比べるととても小規模。屋台でイサーン料理の
ガイヤーンとソムタム、カオニャオを頂く。ソムタムはお母さんの手作りで、辛いけどとても美味しかった。その後、通りががったマッサージ店で久しぶりのタイマッサージ。

翌日。この日は一日でコラートからロッブリーを経由してバンコクに戻る。今回唯一にして最大の難所である。コラートからロッブリーはバスで3時間強。本数は午前中を中心に意外とある。

【ロッブリー】

9世紀にクメール王朝がこのロッブリーを領有したが、その後11世紀にスコータイ王朝の支配下に入った。17世紀、アユタヤ王朝のナーラーイ王はオランダの侵攻を恐れ、すぐにでも遷都できるよう、ロッブリーを副都に定めた。 場所的には日本人も沢山訪れるアユタヤの少し先。
バスターミナルから鉄道駅にタクシーで行き、荷物を預ける。

街中に遺跡が幾つか点在している。見た所をあげると…

・ワット・プラ・シー・ラタナー・マハタート
鉄道駅の真ん前にある。結構広い敷地に遺跡が点在。ロッブリーで一番高いクメール様式の仏塔があり、12世紀頃の遺跡らしい。ピマーイで見たような祠堂(クメール様式)と煉瓦作りの建物(アユタヤ様式)が混在しいるように思った。
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・プラ ナーラーイ ラーチャニウェート宮殿(国立博物館)
運悪くまた休館日。とはいえ入れるエリアはあり、城壁や遺跡を軽く見学。
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この辺でランチ。ロッブリーの街は然程広くないが、外国人用のゲストハウスが幾つかあり、欧米人も沢山いる。アユタヤとセットで泊まりで訪れる欧米人が多いのかもしれない。上手く地元民用の食堂が見つからなかったので、そんなゲストハウスの一つでガパオを頂く。他の欧米人客はハンバーガーとかピザを食べていた。いつも思うのだが、何故ファラン(欧米人)ってその国の食べ物を食べたがらないのだろう。

・プラ プラーン サーム ヨート
一目でクメール系の遺跡だとわかる。3つの祠堂が並んでる様子が印象的。そしてここはとにかく猿だらけ。油断してたらペットボトルを取られた。どうもロッブリーの街は猿をウリにしているらしい。
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・サーン プラ カーン
地元の人々も沢山参拝に来ているお寺。何故かここも顔出しパネルとかで猿を猛プッシュ。というか普通に敷地内に猿がいる。
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・チャオ プラヤー ウィチャエーンの家
17世紀にフランス大使の為に建てられた邸宅の遺跡。敷地内に教会の跡がある事や、僅かに残っている外壁の様子から、かつては洋風建築を取り入れた素晴らしい邸宅が建っていたであろうと推測できる。
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この他にも鉄道駅の周辺に小規模な遺跡が幾つかあった。
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ロッブリーからバンコクは鉄道で移動した。料金の高い急行だったが、案の定遅れまくり2時間の予定が3時間以上かかってしまった。


長くなったのでバンコク編は別にします。。


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