こういう記事を最近読みました。
機内で泣く赤ちゃんを抱く男性…普通に見える光景に多くの人が涙した理由とは!?
http://grapee.jp/225109
内容が薄いのにタイトルを操作して好奇心をそそる記事って最近ほんと多いですが、
この記事もその1つ。
要するに機内でぐずる見知らぬ赤ちゃんを2時間もの間
ずっと抱いてあやし続けた男性がいたという美談なんです。
それだけならほんと美談。
「うるさいな!」と罵倒する人も多い昨今、
「私は、父親だったことがあってね」
(そのまま記事より引用。直訳すぎ。「私にも子供がいるんです」ってことです)
と子供をあやすなんて、素敵な話です。
でも最後の方に内容がおかしくなります。
『多くの人を驚かせ、感動させた理由は、この男性の振る舞いだけではありませんでした。

男性は白人で、妊婦の母親とその息子は黒人だった
日本人が思う以上に、人種による区別が根強く残るアメリカ。
だからこそ、そういった垣根を軽々と超え、「困っている人がいたから助けた」
という白人男性の純粋な行動が称賛の集めているのでしょう。
今回のエピソードのように互いを尊重し合う行動が当たり前になり、「白人だから」
「黒人だから」といった無意味な区別がなくなることが望まれています。』
差別という枕詞がつきがちな南部在住ですが、
この手のふれあいはアメリカなら普通にあります。
友情レベルでいえば、もはや肌の色に焦点があたることはほぼないです。
それに加え、ここ数十年ぐらいで異人種間の結婚や養子縁組も増え、
いろんな肌の色をした親子が普通に暮らしている、それがアメリカです。
それなのになぜ日本のメディアはアメリカは差別がいまだに根深く
残っているという描写を繰り返すんだろう。
現実を知らない記者が書いてるとしか思えない。
思い込みやステレオタイプで書かれた記事がネット、
いやすべてのメディアに「情報」として流れている。
なんて怖いことなんだろう。
この日記を読んでくださった方、どうぞそういうメディアの
誤情報を鵜呑みにしないでください。
「存在しない差別をしつこく持ち出す行為」も差別に加担する行為だと、
私は思います。
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