去る9月3日(土)に磐田市の駅前ジュビロードにて、リオのメダリストで
磐田市出身の水谷 準選手と伊藤美誠選手の凱旋パレードを開催した。
二人とも磐田市の出身で、子供の頃から卓球に朝鮮してきた。
男子団体で銀メダル、個人で銅メダルの 水谷準選手、女子団体で銅メ
ダルを獲得した伊藤選手。銅種目では史上最年少のメダリストだった。
4年後の東京オリンピックに向けて、伊藤選手がその決意をかたった。
<あらためてメダルの重さは?>
「五輪は何が有るか分からない。メダルを取る楽しさを感じた。持って帰る
と約束したから(取れて)安心した。色々な思いが詰まっている重さ」
<初めての五輪。雰囲気はどうがったか>
「少しはプレッシャーが係るかなとおもっていたが、楽しくプレーができた。
いい意味で予想と違っていた。」
<準決勝のドイツ戦では伊藤選手が逆転負けするなど嫌な流れだった。
シンガポールとの3位決定戦にどう切り替えたのか>
「ドイツ戦は試合が終わったらシンヤで、動けないほどドッと疲れが出た。
連戦だったら引きずっていたかもしれないが、シンガポール戦まで1日
空いていたのが良かった。翌日に試合相手を想定した練習ができて、意
識が代わった。負けた経験もあって、3位決定戦は最後まで気を引き締め
ることができた」
<他の競技の選手との交流はあったか>
{選手村では体操や共栄の選手たちと仲良くなった。体操の男子団体は
金メダルを取ったので、話を聞いて学べることもあった。共栄の池江璃花子
さんとは、同じ年だということで、初対面とは思えないほど盛り上がった」
<東京五輪にむけて>
4年後とはいえ、代表決定は3年に決まる。技術とか精神面とか全部向上
させなければ金メダルは取れない。団体だけじゃなく個人戦も出るとなれば
体力面も必要。
<リオでは福原愛選手、石川香純選手が引っ張ってくれた>
心強い先輩のおかげで、気楽にプレーできた。経験を生かして東京五輪では
自分がその立場になりたい。エースと呼ばれなくても試合にでれば必ず勝て
る選手に」
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