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2016年07月21日17:22

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謎の芸人・永野はなぜ突如ブレークしたのか





 鮮やかな色の衣装に身を包み、不敵な笑みを浮かべながら、「ゴッホより〜、普通に〜、ラッセンが好き〜♪」と歌って踊る小柄で不気味な男。芸歴21年の芸人・永野は、いまやテレビで見ない日はないというほどの人気ぶりだ。ニホンモニターの調査では、2016年の上半期だけで永野は109番組に出演。132番組のメイプル超合金、113番組のりゅうちぇると並んで、今年の顔と言える存在になっている。

 あれは忘れもしない、2014年の年末。お笑い業界の関係者数人が集まって、とりとめもない話を繰り広げる酒の席で、ある芸人がボソッとこんなことを言った。

 「ついに、永野さんがブレークしますよ」

 その人いわく、「最近、永野がいくつかの番組に出ていて、結果を残している」「スタッフや客の反応もいい」「いよいよ彼が本格的にブレークする日が来たのではないか」というのだ。

■ 今さらブレークするなんてことがありうるのか

 私は、個人的には永野の芸風は大好きだし、自分が主催するイベントに何度か出てもらった恩もある。それでも、「永野がブレークする」というその言葉に対しては、正直なところ半信半疑だった。今まで何度もブレーク寸前と言われながら、ことごとくそのチャンスをものにできなかった彼が、今さらブレークするなんてことがありうるのだろうか。いちファンとしてそうなってほしいのはやまやまだが、はたして本当にそんなことが……?  当時の私には、現在のような状況は想像もつかなかった。
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 永野の人気に火が付いた最初のきっかけは、2014年の年末に放送された『アメトーーク!』(テレビ朝日)の特番に出演したことだ。山崎弘也(ザキヤマ)と藤本敏史(フジモン)が、後輩芸人のネタを見てそれを好き勝手にパクってアレンジしてしまう「ザキヤマ&フジモンがパクりたい-1グランプリ」という企画。ここで永野は、売り出し中だった「ラッセン」の歌ネタを披露。これが反響を呼んだ。このあたりからじわじわと火が付いていった。

 また、斎藤工、小嶋陽菜など、有名芸能人がこぞって永野を激賞したことも人気に拍車をかけた。何人かのタレントに認められたことで、彼らのファンを中心にして一般層に少しずつ永野の名前が知れ渡るようになった。そして、『アメトーーク!』をきっかけに、その人気は揺るぎないものになっていった。

 永野のネタは謎に満ちている。ヒット作となった「ラッセン」も、「ゴッホよりラッセンが好き」ということを大声で歌いあげるだけの代物。「これのどこが笑えるんだ」と東洋経済オンライン読者の皆様に真顔で問いかけられたら、私もきちんと答えられる自信がない。また、それ以外にも「前すみませんばかりやってたら最後イワシになってしまった人」「富士山の頂上から二千匹の猫を放つ人」など、永野のネタはタイトルからして謎めいたものばかり。どれひとつ取っても、まともに説明可能なネタがない。

 私自身、永野のライブには何度となく足を運んでいるし、彼のネタで大笑いしたこともある。それでも、彼のどこがどう面白いのかと尋ねられたら、分かりやすく説明してみせる自信がない。そもそも、永野自身が、そういったこざかしい後付けの説明を拒否しているようなところがある。永野とは、あらゆる解釈や説明をのみこんでしまうブラックホールのようなものだ。それでも、本稿では、のみこまれそうになるギリギリのところでふんばり、何とかその深淵に迫ってみることにしたい。

■ 早くテレビの世界で売れたい

 永野はもともと「カルト芸人」と呼ばれるタイプの芸人だった。「カルト芸人」という言葉に明確な定義があるわけではないが、単純に人気がない芸人、多くの人に理解されづらいような間口の狭いネタをやる芸人、どぎつい下ネタやタブーに触れるネタなど、テレビではできないネタを好んでやる芸人などが「カルト」の名のもとに語られることが多い。

 そういう意味では、永野は典型的なカルト芸人だった。ただ、彼がそこらのカルト芸人と一線を画すのは、決してメジャーな舞台から目をそむけていたわけではない、ということだ。

 いわゆるサブカルチャー(サブカル)的なものには普通、メジャーなものに対する嫉妬やあこがれが幾分か含まれているものだ。つまり、メジャーになりたいけどなれないからこそ、メジャーにツバを吐いて自分たちのようなマイナーな存在にこそ価値がある、と虚勢を張ってみせる。サブカルの根底にはそういうひねくれた精神性が潜んでいることが多い。

 ところが、永野にはそういうところがほとんどなかった。むしろ、彼はお笑いライブという狭い世界で優劣を競い合うような風潮こそを忌み嫌い、「早くテレビの世界で売れたい」とことあるごとに口にしていた。売れる前からずっとそうだったのだ。いわば、彼はメジャーへの反発としてマイナーを気取っているのではなく、たまたま売れていないからマイナーという扱いを受けていただけなのだ。彼は「カルト芸人」と呼ばれる人の中でもさらに異端の存在だった。

永野は、芸人や業界関係者には昔から人気があった。一貫して独自の笑いを作っているからだ。業界の中にいる人は、お笑いの基本的なセオリーのようなものを知り尽くしていて、そこにはある程度のパターンがあり、多くの芸人がそれを反復していたり、それをアレンジしてネタという形にしたりということを知っている。

 だが、永野は違う。永野は、初めから圧倒的にオリジナルだ。猿のマスクを付けて呼吸だけで口元を動かす「お猿の呼吸」、スパイダーマンを全然見たことない人がそれをやってみるというネタなど、発想も表現法も自由でつかみどころのないネタばかり。起承転結がなく、まともなオチもなく、気の向くままにダラダラと続いていく。ただ、それがたまらなく面白い。

 実際、これまでにもチャンスは何度もあった。永野ほど「ネクストブレーク芸人」という枠でくくられたまま長く雌伏の時を過ごした芸人も珍しいだろう。2009年には『ガキの使いやあらへんで!!』(日本テレビ)の「山-1グランプリ」で優勝したり、2014年には『さんまのまんま』(フジテレビ)で今田耕司が推薦する若手芸人として出演したり、次に売れると言われる芸人が出てくる登竜門的な場所には幾度となく姿を現していた。

 それが今回、ついに本物のブレークを迎えた。その理由は何なのか、後付けであれこれ理由を付け加えるのはたやすい。「『ラッセン』がキャッチーな歌ネタだったため、歌ネタが人気の昨今の時代の空気にハマったのだ」とか。「黒づくめの衣装から、明るい青と赤の衣装になったことで、雰囲気が明るくなった」とか。

■ キャズム(溝)を超える

 ただ、結局は、たまたまタイミングが合った、というのが本当のところなのだろう。芸歴を重ねて、永野の芸に中年の渋みのようなものが出てきた。本格的に売れる準備が整っていった。そして、準備ができたところに、『アメトーーク!』出演、斎藤工のイチ押し、といった決定的な出来事がいくつか重なって、ついに山が動いたのだ。

 せっかくだから、もう少しビジネス的な分析もしておこう。エベレット・M・ロジャース教授のイノベーター理論によると、新しい商品を購入してもらうためには、新しいものを見きわめる感覚のあるイノベーター(革新者)、アーリーアダプター(初期採用者)に加えて、比較的慎重だが新しいものを取り入れる感覚のあるアーリーマジョリティ(前期追随者)と呼ばれる層を取り込まなくてはいけない。ここに刺さると、マーケットの大きな部分が動くことになり、「キャズム(溝)を超える」という事態が起こる。

 永野は、長い間ずっと、業界人というイノベーター、アーリーアダプターをがっちり押さえてきた。ただ、最後の一押しが足りなかったために、そこで涙を飲んできたのだ。ただ、最近になってようやくお笑い感度の高いアーリーマジョリティが『アメトーーク!』などをきっかけに永野の面白さに気付いた。そして、その層が支持をしたことで、一気に世の中全体に広まるブレークへとつながったのだ。

 メジャー志向で異端のカルト芸人・永野は、業界という足場を固めて、ついに世間という大海に乗り出した。メジャーシーンを席巻する彼が次に狙うのはどのポジションなのか?  長年のファンの一人としても見守っていきたい。






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