http://9001.teacup.com/sfk/bbs/16568 (写真入り記事)
私は、どんなに一日が長くても、一日3食以下にこだわっています。
夜遅くに食事をする時には、朝を抜いて、昼頃に1回目の食事をし、夕方に2回目の食事をし、夜遅くに3回目を食べます。
今日は、朝5時に始動し、朝7時に韓国人の牧師の集まりに行き、一緒に食事をして別れました。
その足で、友人の教会で教団教派を超えて集まる集会に行きました。
信仰を持ちたての頃は、あちらの集会、こちらの集会と顔を出したものですが、今は、奉仕をする集会以外にはまず行くことはありません。忙しいからです。
でも、今日は一日時間が与えられました。
これは神様の導きだと確信して、一日集会三昧でした。帰宅したのは11時半です。
クリスチャンは、同じ父なる神の子です。神の家族です。神の家族が一堂に会して共に神を礼拝し、語り合い、食事を共にしました。疲れましたが、幸せな一日でした。
『見よ。兄弟たちが一つになって共に住むことは、なんというしあわせ、なんという楽しさであろう。』(詩篇133篇1節)
今日は、韓国の牧師たちと朝食を共にし、昼食と夕食は、友人の教会で食事が出ました。
集会閉会後は、そのまま電車に乗って帰って、そのまま布団に入ればいいのに、日系アメリカ人の牧師が、ラーメンを食べたがるので、付き合いのつもりでラーメン屋に入りました。
そこで終わればよかったのですが、一緒にラーメン屋に入った他の人からあんかけ丼を半分もらいました。お腹パンパンです。
一日、集会に入り浸り、さらに、4食を食べ、お腹パンパンになって帰って来るなんて、10代や20代の頃を思い出します。
明日は、妻の親戚が来日します。また、大会の講師が来日します。どちらにしても、成田空港に車で送迎をすることになりそうです。
どんな一日になるのかを心配するのではなく、ワクワクしながら明日を迎えたいと思います。
『あすのことを思いわずらうな。あすのことは、あす自身が思いわずらうであろう。一日の苦労は、その日一日だけで十分である。』(マタイ6章34節)
今日、集会で語られたメッセージを通して教えられたことがあります。
「お金を数えるな。必要があれば使いなさい。神が満たして下さる。」という言葉です。
私は、信仰を重んじますが、常識や理性も重んじます。
何でも、「信仰、信仰」で、自分では義務や責任を果たさないのに、神様任せの人を見ると、納得がいかないで、その人を心で裁いてしまうことがあります。
経済に対して、ギリギリか、赤字のことがあります。そうすると、くよくよ悩んでしまいます。そうすることで、信仰が小さくなり、心が弱ってしまうことがあります。
決して無駄使いをしたり、贅沢をしているわけではありませんが、サイフの中身を数えたり、銀行通帳の表示を見て、一喜一憂することがあります。
今日は、今の私に必要なメッセージを頂きました。
私の場合は「経済」です。
そこに入るものは人によって違うと思います。
聖書は、『何も思い煩わないで、あらゆるばあいに、感謝をもってささげる祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。そうすれば、人のすべての考えにまさる神の平安が、あなたがたの心と思いをキリスト・イエスにあって守ってくれます。』(ピリピ4章6節〜7節)と語ります。
「何も思い煩うな!」と語ります。これは神の命令です。
どうぞ、どんなことであったとしても、思い煩うことをしないで、
�� 感謝し
�� 祈り、
�� 神に知っていただきましょう。
そうしたら、
�� 人のすべての考えにまさる神の平安が与えられ
�� 心と思いが、キリスト・イエスにあって守られます。
素晴らしい一日でした。お疲れさまです。また明日お会いしましょう。
おやすみなさい。
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