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2016年04月30日21:44

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「一日一シャ〈謝と捨と洒と写〉【390】2016/4/30(土) 神との交わりが疲れをいやす」

http://9001.teacup.com/sfk/bbs/16531 (写真入り記事)

牧師にとっての土曜日は、GWも、平日も、はほとんど変わりがありません。

昨日は、「みどりとリサイクルフェア」で一日お手伝いをしました。快晴でしたが、風が強く、暑さは感じませんでした。

今日になって、その疲れがまだ残っていることを感じました。

わたしの後に、PTA役員になられたあるお母さんが、昨日のお手伝いに参加して、後半、とても疲れた顔をしていました。

自分が一生懸命がんばっていると、疲れた人を見ても、「お疲れのようですね」としか声をかけて差し上げられませんでした。

みんなががんばっているので、弱音を吐けるような雰囲気ではありません。

雰囲気に呑まれているというのは、神より人の影響を受けた状態です。そんな状態で8時間も働いたら、疲れて当然です。

昨日も、今日も、昨日の疲れがドーッと出ました。

昨日は、普通では考えられないことですが、夜10時に寝たため、朝5時に爽快な気持ちで目覚めました。それから朝10時まで説教準備に費やしました。

それから、お昼過ぎまで家族で買い物に出かけました。なぜか、妙にイライラするのです。

帰宅してわかったのは、昨日の疲れが残っているのを感じました。仕方なく、少しだけ昼寝をしました。

目が覚めた時に起き上がらないと、生活がひっくり返ってしまうので、そのまま起き上がって、説教準備の続きをしました。

聖書を繰り返し読んで、味わって、祈っていると、心の一番深い部分に元気が注入されて、心の最深部から疲れがいやされていきました。

今さっきまで説教準備をしていました。

どうも、体だけではなく、心も疲れきっていたようです。元気になりました。

聖書は語ります。「人はパンだけで生きるのではなく、神の口から出る一つひとつの言葉によって生きるのである」と。

イエス様もその聖書を引用して同じように語りました。

「人はパンだけで生きるものではない。神の口から出る一つ一つの言葉で生きる。」(マタイの福音書4:4)

パンとは、食事全般の総称です。

「パンだけではなく、ジャムとバターも。肉も、魚も、野菜も必要である」という意味ではありません。

食事はなくてならないものであるが、それだけで生きるのではなく、神の口から出る言葉を心で食べる必要があるということです。

パンしか食べていない人は、体の食事はしていても、心の食事はしていないことになります。心にもパンが必要です。

人の言葉というパンしか食べていない人は、一喜一憂して振り回され、心が疲れ傷つき、やがて精神的に病んでしまうものです。

どうぞ、毎日聖書を読み、心の食事をして下さい。

聖書の言葉は、心に優しく働き、心を元気にし、心を強くしてくれます。

体の疲れはまだ残っていますが、心が元気を取り戻したことで体も元気を取り戻しつつあります。

明日は日曜日です。ぜひ教会に行って神を礼拝し、神の言葉に耳を傾けましょう。

私たちは肉体だけの存在ではありません。霊と魂を持った存在なのです。心の食事が必要です。

引き続き、良い週末、良いGWを過ごして下さい。
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