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2016年03月04日13:41

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「一日一シャ〈謝と捨と洒と写〉【333】 2016/3/4(金) 訓練と実践」

http://9001.teacup.com/sfk/bbs/16403 (写真入り記事)

今日は、消防団も出動する火災訓練に参加しました。朝一番に消防団の詰所に集合して、数人の団員と消防車に乗って訓練会場に向かいました。

消防車、はしご車、ポンプ車、指揮車をはじめ、赤バイ、赤ヘリまで出動し、報道陣なども詰め掛けるような大規模な訓練でした。

主に、負傷者の救助と火災現場の消火活動の訓練でした。

しかし、訓練中に、その現場近くで実際の火災が発生しました。

訓練が終わると同時に、現場に急行しました。

消防団員として、実際の火災現場に来たのは今日で二回目です。訓練なら、何時何分に出火することになっているかがわかりますが、実際の火災は、泥棒や強盗がいつ家に押し入るかわからないように、私が寝ている時間だったり、仕事中だったりして、なかなか参加できませんでした。

今日は、訓練をして、その訓練を即実践したという感じでした。

訓練には、丁度防火服を着て参加しましたが、放水したきれいな水がちょっとかかった程度でしたが、火災現場では、鎮火した後でしたが、家中水浸しで、消化のために使った水を思いっきりかぶりました。

焦げ臭い水で洗礼を受けたような感じでした。

現場に入って、改めて「火災は恐いな!」と感じさせられました。

ぜひみなさん、消防訓練が行われたら積極的に参加して下さい。

私が関わっている「S.O.S(新宿大久保通り教会防災ネットワーク)」が主催する「防災フェスタ」が、4/24(日)に淀橋教会を会場に行われる予定です。またご案内いたしますので、お近くの方はご参加下さい。

先日は、近くの小学校の避難訓練に参加して、総評を述べさせてもらいました。

「ぜひみなさん、ふざけないで真剣に避難訓練に参加して下さい」と最後に締め括りましたが、今日感じたのは、実際の有事において、訓練と同じことをするだけで十分だと感じました。

「訓練を本番だと考えて臨まなければいけない」ですね。

これは人生のすべてのことにおいても適応できると思います。

学校で学ぶことは、ただ勉強のための勉強や、授業のための授業ではありません。

授業で勉強したことは、即実生活で役に立つことです。

私が神学校で学んでいた時、「何でこんな小難しい理屈ばかり学ぶんだろう。こんな話を信徒に聞かせても眠っちゃうだけだろう」と思っていました。

今思えば、信徒が聞くことと同じ平易で楽しいことを神学校で学んでも、説教を準備するためにはあまりプラスになりません。

信徒レベルの授業で学んでも、1〜2度の説教のネタで終わってしまいます。

説教のネタではなく、「どのように説教を準備するか?」を学ばなければ、牧師になって一年もしないうちに説教に行き詰ってしまいます。

神学校の授業で学んだ小難しい勉強が、今大いに役立っています。

今、勉強中の学生のみなさん、仕事を始めたばかりで研修中のみなさん、仮に、今は「何でこんなことをやらされなければいけないんだろう?」と思っても、必ず後で役に立つ日が来ます。真剣に学んで下さい。

20歳で神学校に入学した頃、皿洗いの最後に、排水部の汚いところを「素手で洗いなさい!」と指導されました。当時は、意地悪としか思えませんでした。また、もしかしたら意地悪だったかも知れませんが、その訓練が今役に立っています。

当時は考えられませんでしたが、トイレの便器掃除もできるようになりました。

また牧師は、人の心の汚い最深部にも触れて、共に泣き、共に笑い、解決を助けてあげなければいけないことがあります。

私は、ボロぞうきんとなって、人々の汚れをふき取るような働きも嫌がることなくできるようになったのは、その神学校時代の先輩からの特訓の成果です。ありがたいものです。

ただ、その訓練を施して頂いたのは、私と、もう一人の同い年の友人くらいだったと記憶しています。

だから、理解できず、今はわからなイこともあると思います。どうぞ、先生や上司、先輩などが教えてくれることを真剣に受け止め、即実践して下さい。

やがて、その訓練が役に立つ日が来るからです。

最後に、私は消防団員ですが、本業は牧師です。牧師は、人の心に火をつける仕事です。

実際の火災が起こったら、火災の消火に当たりますが、人の心の火を消したり、やる気をなくさせることはしたくありません。人のハートに火をつけ、やる気を出してもらうのが本業です。

人の心にどうやったら火をつけられるでしょうか?

私自身がいつも神によって心が燃やされていることが必要です。

神がつけて下さる火は「愛」です。

私が毎日コラムを書いて投稿する時に大切にしている事は、何かを教えるとか、深遠な哲学や宗教の講話ではありません。

読んで下さる一人ひとりの方の顔を思い浮かべ、愛を分かち合いたいという心で続けています。

イエス様は、「わたしがあなたがたを愛したように、互いに愛し合いなさい」と教えられました。

コラムは愛の一つの表現です。文章全体でなくても、ごく一部、あるいは、ワンフレーズであってもいいです。何らかの励ましを受け取り、人生の変化や成長のきっかけになって下さるとしたら本望です。

午後も素敵な時間でありますように。

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