団塊世代の専業主婦が成り立った理由
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=116&from=diary&id=3850516
専業主婦とかって、明治から昭和にかけて、日本の歴史からみたら「ごく一部の特殊な時代」にしか成立してない極めて「稀」な制度じゃん?そんな特殊な状況を前提に社会制度を構築するからおかしくなるので、夫婦で協力して働くという「日本人として当たり前の社会」にすればいいだけじゃないか。
江戸時代以前は商家なら、奥さんだって商売が分かって当たり前で、何より奉公人の差配をしなきゃいけなかった。奉公人の差配をするのは武家、公家も同じで、いってみれば「家という名の企業の管理職」だったわけだよ。
農家は当然夫婦で働くのが当たり前で、これは現代も一緒。
職人の家だって、亭主が家で作業してたりするわけだから、現代みたいな「専業主婦」なんてあり得ない。
明治や昭和初期の専業主婦だって「現代ほど暇じゃない」。何しろ家電がろくにないから掃除洗濯炊事にやたら時間かかるわけだ。これを現代の「暇な主婦」と一緒に語ったら彼らは激怒することだろう。
団塊世代の主婦だけが「日本史の中で特別暇人だった」というだけのことで、平成の奥様が忙しいのは「本来の日本人の生活に戻った」というだけのことではないか?
まあ、人間、暇になったらダメになるのはわかりきっているので、忙しい現代の人はダメ人間にならない分だけましなのでは?
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