兵庫県警では9月末から1カ月間で20代の警察官が3人も自殺するという異常事態が発生している。うち一人の巡査の母親が本誌に「県警内部のいじめで息子が自殺した」と涙ながらに訴えた。
山本翔さん(23)が自殺したのは9月28日夜――。
兵庫県警機動隊第一中隊第一小隊に所属していた翔さんは、機動隊の独身寮「雄飛寮」の3階の自室のドアにロープをかけ、首を吊って自殺した。
母親の直美さん(43)は涙ながらに訴える。
「翔が自殺したのは、県警機動隊内部のいじめや嫌がらせにあったからです。翔が残した遺書や交際していた彼女へのラインにハッキリ書いてありました」
当日、翔さんは婚約者のAさんのラインに、約10通のメッセージを送っていた。
翔さん「これ以上マルキ(機動隊のこと)には耐えられん。死にたい。この世から本当に消えたいと思えるくらいつらい」(午前10時44分)
Aさん「あたしを置いていなくなったらあかん。それはずーっというてるやん」(同)
翔さん「やから朝からずぅーと自殺したいとか考えてまうんよ。今日だってそうやし、この前もいろんなこと言われてこれ以上耐えられん。ずっと死にたいことしか考えられん。やから今日休みもらった」(同)
Aさん「そんなんして誰か喜ぶん? お母さんはおじいちゃんは弟は皆悲しむよ。そんなんなるんならお仕事やめていい。あたしが翔ちゃんの面倒みる。いっぱい働くから」(午前10時45分)
翔さんは滋賀県出身で、母、弟、祖父母の5人家族。
「翔の夢は将来、捜査一課の刑事になることでした。竹を割ったような、曲がったことの嫌いな性格で、人のために尽くしたいと願っていた」(直美さん)
小、中、高と剣道を続け、3段の腕前。高校を卒業後、兵庫県警の採用試験に合格。灘署に配属された。
「灘署では褒賞をいただくほどで、仕事にやりがいを感じている様子でした。ところが、今年3月に機動隊に転属となってから『病みそうや』と悩みを口にするようになったんです」(同)
交際していたAさんは介護士の仕事をしている。当日は夜勤だったが、仕事中も可能な限り、翔さんに連絡していた。2人が交わしたラインによると、
翔さん「俺も自分が選んだ道なんやから辞めたくない。今さっき小隊長から電話あって今日のことの報告書けとかいわれた。もう完全に信用してないんやと思うわ!」(午後3時40分)
Aさん「どんな翔ちゃんでもあたしは支えるから。信用されてないのは一番つらいね。報告書かくの??」(午後3時45分)
翔さん「情けないけどいまの俺に機動隊のイジメみたいなのには耐えられん。報告書書くよ」(午後5時29分)
Aさんは本誌に状況をこう説明した。
「当日、翔ちゃんは体調がすぐれなくて、休みを取ろうとしました。すると、1日休むだけのために『診断書』を提出しろという嫌がらせを受けた。小部屋に呼び出されたり、報告書を書けと言われたり、集中的に嫌がらせにあったみたいなんです。当日から1カ月間の外泊禁止を言い渡されて、翌日に私と会う約束も果たせなくなりました」
翔さんは自殺当日の午前11時過ぎ、県警本部の職員の悩みを受け付ける「何でも相談室」に電話を入れ、こう訴えていた。
「職場でパワハラにあっていて、つらい。職場の上司が信用してくれず、人間関係が非常に厳しい。職場を変えてください」
最後のラインで翔さんはAさんにこう綴っていた。
「いままでたくさん傷つけてゴメンな。最後にAに会いたかったよ。これからもたくさん辛いことあるかもやけど、Aには幸せになって欲しい」(午後8時4分)
この後、2人は電話で最後の話をした。Aさんはこう言う。
「翔ちゃんは『今な、首吊ったんやけど、5秒くらいしたら意識がなくなってな、気づいたら床に倒れてた。ひも切れたんやわ。このロープ太くしたらもう一回できるかもしれへん』と言って泣いてました。私は仕事中だったから『そんなことしたらあかん。またすぐに連絡するから待っててな』と言って、電話切ってすぐにライン出したけど、もう連絡が取れなくなった」
現場には遺書が残っており、こう記してあった。
≪機動隊に異動してから半年、先輩の嫌がらせや上司からのウソつき呼ばわりには精神的に限界です≫
そして同じ機動隊員3人の名前が書かれていた。
直美さんは言う。
「嫌がらせをした3人の名前を残したんだと思います。ちゃんと調べてほしい」
翔さんの死後、10月5日に監察官が直美さんのもとを訪ね、こう説明したという。
「これから、関係者86人に事情聴取し、真相を明らかにします」
だが後日、再び監察官がやって来たときには事情聴取する対象は約半分に減少し、「翔さんは職場を変わりたがっていた」と問題がすり替わっていたという。
直美さんによれば、翔さんが9月初めに実家に帰ってきたとき、「機動隊では何を聞いても無視されるねん。教えてもくれないのに、おれだけしょっちゅう怒られる」と話したという。
「独身寮の裏側はグラウンドで生活と訓練が一体になっていた。『指導』という名のもとにいじめがあったのではないでしょうか。翔のスマホには、お尻を出して割り箸をはさむ一発芸をやっている男性の写真が残っていた。機動隊の悪ふざけに近いノリで、何でも強制的にやらされて、拷問みたいな日々だったのではないでしょうか」(直美さん)
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