http://9001.teacup.com/sfk/bbs/16273 (写真入り記事)
私は、時々葬儀の司式の奉仕をさせてもらいます。葬儀に参列すると、不思議と遺族と心が通います。悲しんでいる人と共に悲しんでいるからだと思います。
「喜ぶ者といっしょに喜び、泣く者といっしょに泣きなさい。」(ローマ12章15節)
「悲しむ者は幸いです。その人たちは慰められるから。」(マタイの福音書5章4節)
20代〜30代の頃、お葬式より結婚式に参加することが多かったと思います。時には、結婚式の司式、結婚披露宴の司会、スピーチなどを頼まれることもありました。
新しい門出をする2人を見ながら、これからどれだけ多くの苦労を乗り越えなければならないのかを心配しながら、「神様、この二人が離婚しませんように。幸せな家庭を築けますように!」と祈ります。誰よりも結婚で苦労してきたからです。
もし、離婚の危機にあるとしたら、相手の決意が固くても、感情に流されて拙速な判断をしないで下さい。「神が合わされた2人を決して引き離なすまい!」と決意し、仲人や牧師や結婚カウンセラーなどに相談して下さい。結婚した時の原点に立ち返り、そこに踏みとどまり、忍耐をし続けるならば、必ず幸せな家庭を築くことができると信じます。
もちろん、アル中、働かない、DV、浮気ぐせなど、場合によっては離婚も致し方ないこともありますが、神は最悪を最善に変えることができます。
結婚式は、2人の新しい門出です。第二の人生のスタートであり、大きく夢が膨らんでいます。
しかし、お葬式は人生のゴールであり、終わりです。不思議ですが、結婚式より葬式は有意義であり、多くを学ばせて頂きます。
�� 人生には終わりがある
�� 時間には限りがある
�� 「そのうちにやろう!」ではなく、「今はじめよう!」と考えるようにさせられる
�� 未来を悩むより、生かされている今やるべきことができているかを考える
�� 悲しみを共有し、共に泣くことで互いに心がいやされる
�� やがて死ぬお互いなのだから赦し合おう
�� いのちがあるだけで無条件に神に感謝しよう
結婚式は、参列したいと思っても、通常は、招かれなければ参加できません。
葬式は、たまたまであっても、訃報を知ったならば誰でも参加できます。すべてを差し置いてでも参加することをオススメします。遠方であったり、どうしても参加できない時には、弔電を打つのも一つの方法です。
人生は無限ではありません。たった一度だけです。クヨクヨしたり、「そのうちに・・・」と生きたらもったいないです。
「ですから、私の愛する兄弟たちよ。堅く立って、動かされることなく、いつも主のわざに励みなさい。あなたがたは自分たちの労苦が、主にあってむだでないことをしっているのですから。」(第一コリント15章18節)
今日も大切な一日を、感謝しながら、全力投球で生きて参りましょう。祝福をお祈りします。
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