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2015年12月13日23:36

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「一日一シャ〈謝と捨と洒と写〉【250】 2015/12/13(日) 神の御心と神の時」

http://9001.teacup.com/sfk/bbs/16224 (写真入り記事)

毎週のことですが、教会で過ごす日曜日は最高です。このひと時は永遠に匹敵する時間です。

ある人は、「教会はしょせん罪人の集まりだよ!」といいました。それは事実です。きれいに見せかけることはできても、その実態は、みんな罪人です。

しかし、罪人の集まりの只中に神が共におられます。

『二三人わが名によりて集まる所には、我もその中に在るなり。』(マタイ18:20)

今日一日考えさせられたことは、神の御心と神の時です。

例えば、小さな幼稚園に通う子供が、ある日家族でホテルに食事に行った時に、そこで見たコックさんに憧れて、「僕は大きくなったらコックさんになろう!」と決めたとします。

早速、親は子供に包丁を握らせ、火を使って作る料理を教えるでしょうか。

親は子供が、「コックさんになりたい!」という夢を応援すると思いますが、まだ包丁を握ったり、火を使うには小さすぎます。

神の御心と神の時は、この例え話と似ています。

イエス・キリストは、全人類の罪を背負って十字架にかかって死ぬためにこの地に来られました。これは神の御心です。

しかし、クリスマスに生まれたばかりの赤ちゃんイエスが十字架にかかるには早すぎました。

少年イエスも早すぎました。30歳になって公に働き始めても、まだ時は来ていませんでした。

イエス様は、ご自分が十字架にかかることをすでに知っていて、覚悟していました。しかし、その時が来るまでは、思慮深く行動しました。

崖から突き落とされそうになっても、そこから逃れました。宗教家たちとの対決も避けました。

しかし、33歳の過ぎ越しの祭りの時に十字架にかかる時が来たことを知り、右にも左にも目をそらさずに、まっすぐに十字架に向かわれました。

イスラエルの二代目の王となったダビデは、王になるだいぶ前に預言者サムエルから王の油注ぎを受けました。

神の御心はダビデは二代目の王になることでした。しかし、その時は今ではありませんでした。

ダビデは、「今日から私は王だ!私に仕えよ!」というようなことはしませんでした。

今までと同じように、父に仕え、兄弟に仕え、与えられた羊飼いの仕事を忠実に行い続けました。

ダビデは、波乱万丈の人生を歩みながら、神の時に王になりました。

神の御心と神の時を知らないと、「今すぐに祈りに答えてほしい!」と願い、自分の力で神の御心を成し遂げようとあくせくして肉を働かせてしまったり、忍耐できないで、投げ出してあきらめてしまうこともあり得ます。

教会で、みなさんと一緒に礼拝を捧げ、みなさんと深くかかわり、充実した時間を過ごしました。

お開きになった時間は、すでに夜10時を過ぎていましたので、妻は疲れ切って布団に入っているようなので、今から食事を用意してもらうのも悪いので、すぐ目の前にあるスーパーに買い出しに行き、ちょうど半額シールが貼られたばかりのお寿司を買ってきて食べました。

夜10時ころになると、売れ残ったお弁当が半額になります。ちょうど良いタイミングでお店に来ることができて感謝でした。ちょっと早ければ20〜30%割引どまりですし、あと5〜10分遅かったら寿司は売り切れてしまっただろうと思います。これも神の時だった!?と思います。

遅い時間に食事をしたので、いつものように祈りの散歩にでかけたいところですが、一日教会で奉仕をしたので、体力を使い切ってしまっていますので、これから布団に入る予定です。

みなさんはどんな一日でしたか?

外はだいぶ寒くなりましたね。風邪をひかないようにお気を付けください。

おやすみなさい。

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