http://9001.teacup.com/sfk/bbs/16209 (写真入り記事)
長い日曜日が終わりました。朝から晩まで、教会で礼拝の集会を導き、来られた方々の相談にのり、幸せな一日を過ごしました。
聖書に書かれた神は昔の神です。天地創造され、モーセやヨシュアのような指導者と共に働き、エリヤやエリシャのような預言者と共に働かれた神です。
2000年前に神が人間姿を取ってクリスマスの日に誕生され、人々と共に住み、罪人を赦し解放し、悩むものを慰め、病人をいやし、悪霊に疲れたものを解放し、問題を解決され、希望を与え、永遠の命を下さいました。
聖書に書かれた神は昔の神様です。しかし、昔の神様だけではありません。未来の神も書かれています。
『ガリラヤの人たち。なぜ天を見上げて立っているのですか。あなたがたを離れて天に上げられたこのイエスは、天に上って行かれるのをあなたがたが見たときと同じ有様で、またおいでになります。』(使徒の働き1:11)
キリストは二回この地上に来られます。
一度目はクリスマスに救い主として来られました。初臨と言います。二度目には裁き主として来られます。再臨と言います。
もし、聖書に「昔の神」と「未来の神」しか書かれていないとしたら、神と出会うことはできません。
しかし、聖書の神は「今の神」でもあられます。
『見よ。わたしは、世の終わりまで、いつも、あなたがたとともにいます。』(マタイ28:20)
『【主】がヨセフとともにおられたので、彼は幸運な人となり、そのエジプト人の主人の家にいた。』(創世記39:2)
『見よ、処女がみごもっている。そして男の子を産む。その名はインマヌエルと呼ばれる。」(訳すと、神は私たちとともにおられる、という意味である。)』(マタイ1:23)
聖書に書かれている昔おられた神は、今私たちと共におられます。また、未来に再臨される神は、今私たちと共におられます。
この「今の神」を信じるかどうかで、信仰の歩みが大きく変わってしまいます。
ある教会に行くと、「聖霊」についてほとんど語られません。年に一度のペンテコステの日にだけ語られる教会もあるそうです。
しかし、私の仕える教会はJEAに所属する福音派の普通の教会です。ですから、聖書の一部を強調して語ることはありません。聖書のすべてのことを、聖書が語るバランスで語ります。知性で理解できなくても、聖書が語るならそのまま信じて、そのまま語ります。
だから、聖霊の働きを突出して語ることはありませんが、聖霊の働きを語らないとしたら、聖書のバランスを欠いてしまいます。
「昔、神はこのように働かれました」「イエス・キリストは、ある日、突然来られ、私たちクリスチャンを携挙されます」というのは、正しい内容ですが、今、働かれる神を語らないとしたら、片手落ちどころか、両手落ちです。
聖書が語る神は、三位一体のお方です。
旧約聖書時代には、父なる神が全面に出て働かれ、イエス・キリストと聖霊は陰に隠れて共に働かれました。
新約聖書の四福音書の時代には、イエス・キリストが前面に出られ、父なる神と聖霊は隠れて共に働かれました。
使徒の働き以降の今の時代は、聖霊が前面に出られ、父なる神とイエス・キリストは隠れて共に働いておられます。
聖霊の働きを認め、聖霊の働きに頼らないとしたら、極端な話をしたら、教会に神が不在の状態になります。父なる神とイエス・キリストは天におられるからです。
教会の働きをしていると、躍動感があります。神が今共に働かれるからです。
説教を語っていても、今、神がここにおられ、神が助けて下さることを語ることができるので、うれしくてたまりません。そして神は、今働かれ、今助けを頂いて、教会に来られた方々は笑顔で帰っていかれます。
相談を受けても、今神が共におられるので、今、解決を受け取って帰っていかれます。
今日、問題を持って悩み、苦しみ、つらい状態にある人がいるとしたら、今神に祈り、今神に来て頂き、今神と出会い、今いやしと救いと解決を頂いて下さい。
『イエス・キリストは、きのうもきょうも、いつまでも、同じです。』(ヘブル13:8)
神は、今の神です。今あなたを助け、今あなたをいやして下さるお方です。
神様の祝福をお祈りします。
今日は、預言者エリヤがうつ病から解放され、いやされ、立ち直っていくメッセージを語りました。それは、昔話にとどまらず、今、ここにいる私たちにも関係のあるメッセージなのです。
心は踊り、喜びにあふれた一日でした。
一日お疲れ様でした。ゆっくりおやすみ下さい。
また明日(^^♪
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