ますこ と キャンプ を した
ますこと 先々月くらいに 30年ぶりで再開した
そして キャンプしに行こう と 誘われた
ぼくは むかしのように 何も考えずに いいよ と OK した
本当は 弟 ヤッチンとあっこちゃん の ことや ゆきこさんのこと
飢餓と貧困を 早期に終わらせるための MMSマラリア撲滅活動の資金繰り
自分の生活と仕事のこと そして これらの問題を常に生じさせている A のこと
しかし 顕微鏡を 購入して マラリア原虫が見れるように 訓練したので
これまでの活動よりも 幅が広まり 現地の医師や医療関係者 顕微鏡技師などの
手配や制限が なくなり マラリアの多い 好きな場所で 活動が 一人で行えるので
その場合 インドのダルキ村や ナイジェリアのボダ村 耐性マラリアの多発する
ミャンマーやタイ隣国の国境付近に 今度は 1人ででも 行けることから テントでの
野営は なれなければならないと 思った
そして ますことの キャンプ体験で ぼくは 自信がついた
焚き火を みつめながら いろいろなことが 思い浮かんだ
これまでの 活動においての 問題点や 行なうこと
すると 見上げる 夜空に 満天の 星星が 木々の間から
そして だんだんと 先日の 満月瞑想のよいんを残す 月が あたりを照らす
こんなにも 月の光が 明るいとは思えなかった
いろいろなことが 思考に よぎる
これは 瞑想を 行なう時に 集中状態に移行する前に起こる 状態に近いと思った
それは 雑念から 集中した 鮮明な 思考状態に 近かった
ますこも 同じだと言った
かれは ぼくとおなじ 12SOU の 下町で育った
だから 言葉が無くても なんら 気をつかわない
30年経った いまでも おなじだと 感じた
まるで 家族のようだ
ちがう だれかが 入ると 何かを 話さなければ ならない
そうでないと そのひとは 不安にかられるだろう
ぼくは 寒さと 山の中という 条件で インドの山奥の 文字もない
部族の集落での マラリア活動のことを思い出していた
サンタ という 女の子が MMSで 回復しなかった
この子は ATC が 後から 投与され回復した
ぼくは 今でも そのことが 気になっていた
だから 顕微鏡による MMSとアーテミシニンと その誘導体による マラリアの
観察を 行ないたいと 思っている
耐性マラリア
これは 世界で問題となっている
これの 治療に 二酸化塩素療法とATCの 複合治療のデータを取りたい
朝の目覚めは 山奥で
このあと 2人で 温泉に入った
その前に 温泉場で 伝導瞑想のメンバーの 清水さんと再会し
近況報告を 行なった
この近くに 仏舎利塔 というのがあって 誰も住んでいない
そこを 借りることが出来る と 教えてくれた
ぼくは その場所で 伝導瞑想を行いたいと 思った
清水さんから すでに そこで 行っていることを 知らされた
ぼくは フロート・カプセル のことが 思考の中で 時々 おもった
温泉に入ると また 思い出した
カレン人の方々に ミャンマーやメーソートで マラリアのMMSケアを
お教えしていた日々の 合間に 温泉に入ったことを 思い出した
原始林での キャンプ体験からの 温泉だったので そう 思ったのだろう
その時も 蚊を 見ては 常に マラリアのことばかり 考えていた
今日も 早く マラリアの多い場所で 長期滞在して 研究を行ないたいと思った
テントをしまい 帰る時に ぼくが 先に走ることになる
ますこが 気を使ってくれたのだろう
かれは 2日間 犠牲を払ってくれた
それは 友情 だ
ぼくのバイクは 4万円で 譲り受けて なんども修理しながら・・・・
そして ついに!
ぼくは 走っている間に ミャンマーとの国境づたいを なんども バイクで
遠方の 活動地に 走っている感じを 思い出した 同じような 道路の感じだった
後ろに乗せている カレン軍将軍の娘さん S さんが 360度 何もない 丘の道
朝日 と 夕日 美は 耐え難い 中 走っている時に・・・・
由紀子さんと同じように ふぅん〜〜ふぅ〜ん ふぅ〜〜ん と づううっと
たのしげに はなうたを うたって そして それを 風の音の中
ぼくに きかせようと わざと おおきく うたい 聞かせているようす を
思い出していた
すると 焼きつきのような 音とともに エンジンが 止まり
バイクは 止まった
水温計は オーバーヒート
ぼくは 山の中で 途方にくれた
あたりは しんしんとしていた
ますこが うしろにいたのを 思い出し 現実に戻った
お金がない
どうしよう
そのことが 最初に 頭を よぎった
ますこには 先に帰ってくれと 言った
なぜならば ここは日本だし なんとかなるからだ
ますこは いいよ つきあうよ と 言った
ぼくは 思考を 普段に戻そうとして 1〜3分 胡坐をかいた
そして これまでの 経験から バイクが お釈迦なら 次のことを
と 考えた そして ナンバーを はずして バスと電車で 帰ろうと
おもった
そしたら ライダー仲間の メカに 強い 清水さんのことを 思い出すと同時に
さっき あった 清水さんに 電話した 彼女は 間をいれず すぐに 迎えに
来てくれると 言ってくれた
このような緊迫した時 母や父が 息を引き取った時にも A は 感情体を
増強 増長させて 平静な 思考 判断が行なえないようにして その動揺を
利用する
しかし 間を いれず 清水さんが 来てくれるという 言葉で
ぼくは A の 妨害から 安心感と平静な 思考を 戻せた
そして 試みてみることを いくつか行い エンジンがかかった
しかし 水温は すぐに オーバーヒートしてしまう
休み休みならば 峠の山道を 超えられると思い 清水さんに 電話した
清水さんは 「 大丈夫 マイトレーヤが 助けてくれる 」 と 言った
ぼくは それを 思い出し 太陽の席の方々を 通して マイトレーヤに
お願いをした 過去にも バイクでも 大難 が 小難 に あった・・・・
その場所と その時の心境では 目の前の 太陽が
弟の ヤッチンのことを 2度 思い出していた
どうにか 何度も エンジンを 止めて 下り坂では 惰性で走り
コンビニエンスストアに ついた
水温は 上がりっぱなしで 異音は 激しくなっていた
テントなどの 大荷物を 宅配で出して どうしようか考えていた時に
伊勢さんの ところでの 満月瞑想の帰りにも このバイクが 止まったのを
思い出し その時に 途方にくれて 家の近くのバイクショップ宮崎さんに
電話して なんだかんだ 解決した時のことを 思い出して 電話した
すると シートの裏の 黒い四角い 蓋をはずし キャブレターの
給水口を 六角ではずして ずらして 水を入れてみてください
そして 2回 熱いから 気をつけて と 言ってくれた
ぼくは バイク便で走っていた時のように お客様第一優先主義 が
体で 反応して 敏速に 指示に従った
そして なおった
水温は 安定している
走行は 可能だ
しかし かるい 焼付けのような 異音は まだするので
むかし 共同通信のプレス・ライダーの先輩 野沢さんから聞いた
軽い焼き付なら 80キロくらいの 一定の走行で なおる を 思い出し
高速で それを おこなった
異音はまだするが 家に 無事に戻れた
これらの教訓は
油断 大敵
最後まで 付き合ってくれた ますこに 乾杯
おまけ
ゆきこさんへ
はやく やっちんとあっこちゃん そして 君とぼく
ますこや 昔の友達たちと もとに もどりたい
これは 夢ではありません マイトレーヤという
太陽を地球に 近づけさせることも出来る 神様の代理が
いまだに A に 警告していることだから
だから ぼくは それを 無視できない
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