http://9001.teacup.com/sfk/bbs/16148 (写真入り記事)
昨日、賛美の集会で声を使ったことで、日曜日の礼拝の賛美をマイクを通して歌うのが辛かったです。
礼拝は、インターネットのニコニコ動画、スティッカム、HP、YouTubeの4つの媒体から生放送と録画放送で流しています。今日は、悲しいくらい声がかれていました。
かれこれ3週間くらいこんな状態が続いています。何がきっかでかれたのかを考えてみました。
思い出したのは、10月17日(土)に、インフルエンザの予防接種を受けましたが、その日から、軽いインフルエンザのような症状がはじまり、2〜3日後には声がかれはじめました。
そして、今も声がれが治っていません。
インフルエンザの予防接種の費用は保険がききませんので安くはありません。その上で、3週間体の調子が悪く、声がかれてしまい、予防接種を受けなかったほうが良かったかな?と感じない訳ではありません。
インフルエンザの予防接種を自発的に受けるようになったのは、16年くらい前にインフルエンザにかかってしまって、生死をさまようくらい苦しんだことがきっかけです。
『こんな苦しみを二度と味わいたくない!』と思って、毎年予防接種を受けています。
数年前、新型のインフルエンザが流行って、季節性インフルエンザの予防接種と、新型のインフルエンザの予防接種の二種類を受けた年がありました。
その時、区役所から、喘息患者なので、優先的に予防接種が受けられるという通知が届きました。せっかくなので、すぐに病院に行きました。
病院がとても混んでいて、待合室で1時間くらい待ってから予防接種を受けて帰ってきました。
翌日か翌々日くらいから、インフルエンザのような症状になり、病院で検査を受けますと、『新型インフルエンザですね』と言われました。
おそらく、待合室に、インフルエンザに感染した人がいて、インフルエンザをうつされてしまったようです。
医者は、『ちょっと運が悪いですが、これでインフルエンザの免疫ができたのでよかったじゃないですか!?』と言われて、複雑な気持ちで帰って来たことを思い出します。
インフルエンザの予防接種を受けてから、数週間で免疫が作られますので、インフルエンザに感染すると同時に予防接種を受けても何の意味もありませんでした。むしろ、インフルエンザを悪化させたかも知れません。
今回は、予防接種を受けてから3週間、ずっと体調が優れませんし、声が枯れていますので、予防接種を受けなくても良かったかな?と考えることもできます。
世の中には万能なものはありません。一長あれば一短いがあります。
しかし、どんな状況の中にあっても、神とつながるならば、万能でないもの、マイナスのもの、悪いもの、あるいは、良いもの、優れたものなどを含めて、すべてが良いものに変わります。
『神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています。』(ローマ8:28)
インフルエンザの予防接種を受けてから体調が悪くなり、のどがかれてしまったことはマイナスです。
また、数年前に、二種類のインフルエンザの予防接種を受けるために病院で順番待ちをしている時に、インフルエンザの菌をうつされてしまったのもマイナスです。
こういうマイナスが、どのような良いものに変わるのでしょうか。
1、 医学に頼り切るのではなく、神だけに頼り、医学を神の恵みとして感謝して受けるべきだということを教えられた。
2、 インフルエンザは非常に感染力が強いので、人の集まるところに行く時はマスクなどを使ったり、手洗いをすべきだということを学んだ。
3、 健康のありがたみを改めて知らされた。
4、 体の調子が悪くなった人への思いやりの気持ちが与えられた。
5、 理屈ではなく、『神が一番良いことをして下さった』と感謝ができた。
みなさん、人生を振り返ってみると、おそらく、失敗したこと、後悔していること、傷つきつらかったこと、赦せないことなどをまず第一に思い出すのではないでしょうか?
それは、神が失敗を繰り返さないために与えられた心の機能です。
この機能を感謝して受け止めて下さい。
こういう心の機能がなければ、失敗を繰り返してしまいます。
例えば、ある人を通して騙されて、ひどい目にあったとします。
その人と再会して、うまい話を持ちかけられたとします。その時、『こいつには気をつけろ!』と心の声が聞こえるのではないでしょうか?
その声のおかげで、二度ひどい目にあわずにすむのです。
もちろん、前回そうだったから、今回も同じようになるとは限りません。先入観を持たないで接することも大切かも知れません。しかし、人間に与えられた心の機能に感謝して、その心の声を大切にすることも必要です。
一方において、この心の機能があるから悩み、苦しみ、赦すことが難しいのですが、神と心を直結させるならば、悩みは人への思いやりに、苦しみは喜びに、赦せない心は赦しに変わっていきます。
人生のマイナスは、神にあって、すべてプラスに変わります。この事実さえ知っていれば、もう怖いものはありません。
そうしたら、すべてのことを感謝することができるはずです。
良いものは、もともと良いので感謝し、悪いものも、良いものに変えられるので感謝することができます。
すべてが益に変わるからです。
聖書に登場するアブラハム、イサク、ヤコブという三代神に特別な祝福を受けた人がいます。後日、『アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神』と呼ばれるようになったほどです。
そのヤコブの息子に、ヨセフという人がいました。ヨセフは親から甘やかされて、うぬぼれが強く、他の11人の兄弟から憎まれていました。
『両親と他の11人の兄弟が、ヨセフに仕えるという夢を見た』と、自慢げに語ったからです。
『こいつは何を勘違いして思い上がっているんだ!』
ある日、兄弟がそろってヨセフを殺そうと企みました。11人兄弟の中には、『殺してしまえ!』と考えた人もいましたが、『殺してはいけない!』と考える人もいました。
結果、ヨセフはエジプトに奴隷として売り渡されていきました。
エジプトに売られていったヨセフは、一時的には良い思いもしましたが、あることがきっかけで牢屋に入れられました。
長い年月が経ったある日、ヨセフは王様の前に呼び出されました。王様は、ヨセフを見て、これほどの知恵と力を持っている人を見たことがないので、たいそう気に入って、王様の下の総理大臣に任命しました。
その頃、全世界的に大飢饉がやってきて、ヨセフの両親とヨセフの兄弟11人は、食べ物に困り果てました。
そんな状況の中でも、エジプトにだけは食べ物があると情報が流れてきたので、11人の兄弟は、エジプトに食べ物を買いに出かけて行きました。
そこで、総理大臣であるヨセフと再会しました。ヨセフは泣きました。11人の兄弟は、ヨセフから復讐されるのではないかと恐れました。
その時、かつてヨセフが夢見たことが実現しました。
ヨセフは、『今こそ、復習してやる。お前たちからひどい目にあってどれだけ私が苦しんだのかを思い知らせてやる!』と言うこともできました。
しかし、そうは言いませんでした。
『ヨセフは兄弟たちに言った。「どうか私に近寄ってください。」彼らが近寄ると、ヨセフは言った。「私はあなたがたがエジプトに売った弟のヨセフです。今、私をここに売ったことで心を痛めたり、怒ったりしてはなりません。神はいのちを救うために、あなたがたより先に、私を遣わしてくださったのです。』(創世記45:4〜5)
ヨセフは、兄弟11人からひどい目にあいましたが、そのマイナスがプラスに変わっていました。憎んでいないどころか、『神が目的を持って私をエジプトに使わして下さったのです』と断言しましました。
ヨセフは、夢見た通りにエジプト第二位の地位を得、ヨセフの家族は、飢饉が起こっているにもかかわらず、ヨセフによって食物を得、エジプトに移住しました。
もし、ヨセフが神を知らず、神を信じていなかったとしたら、きっと自暴自棄になっていたことでしょう。もしかしたら、牢屋の中で自殺をしていたかも知れません。
しかし、牢屋から出られる保証はありませんでした。そんな中でも、神と共に歩み、夢を見続けました。
かつてのヨセフは、甘やかされて育ったため、嫌な奴だったはずです。しかし、牢屋はヨセフの人格を造り変え、ヨセフを精錬し、磨いて、エジプトの総理大臣にふさわしい人に変えたのです。
ヨセフは兄弟を赦し、その心には憎しみは残っていませんでした。
神は、すべてのことを益に変えて下さるお方です。
みなさん、この事実を知ったならば、人生に恐れはなくなります。
なぜならば、すべてのことは良いことに変えられるからです。
この事実を信じ、感謝しながら歩んでいきましょう。
途中、そう思えないことも起こり得ますが、それでも神を信頼して歩んでいきましょう。
神と共に歩む素晴らしい道を共に歩ませて頂きましょう。祝福を祈ります。
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