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2015年11月07日19:11

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「一日一シャ〈謝と謝と赦と写〉【213】 2015/11/7(土) 生きておられる神」

http://9001.teacup.com/sfk/bbs/16145 (写真入り記事)

ある人は、「クリスチャンになってからの私は、すべてが思い通りに進んでいる。ハレルヤ!」と喜びました。

私は、「クリスチャンになる前も、なってからも、思い通りに進まないことが多くあるにもかかわらず、神は一番良いことをして下さっている。ハレルヤ!」と喜んでいます。

前者の人の人生に、想定外のことが起こったらどうなってしまうんだろう?と心配になります。

神は、その人を励ますために、思い通りの人生を与えられることがあります。しかし神は、ある時から、その人の人格を砕き、新しく造り変えるために、試練を与えられます。

それは、神の愛です。

わがままで、自己中心のままで目に見える豊かさを手にしたら、その人は思い上がり、高慢になり、ダメになり腐ってしまいます。

神は、人をありのままで愛しておられますが、同時に、キリストの姿にまで変えられていくことを願っておられます。

人が成長するのは、思い通りにならず、失望し、絶望した時です。思い上がりの天狗の鼻がへし折られ、粉々に砕かれ、神に頼るほかないところにまで追い込まれるからです。

イエス・キリストは、平地で次のように説教をされました。

『貧しい者は幸いです。神の国はあなたがたのものだから。いま飢えている者は幸いです。やがてあなたがたは満ち足りるから。いま泣く者は幸いです。やがてあなたがたは笑うから』(ルカの福音書6:20〜21)

その反対のことも言われました。

『しかし、あなたがた富む者は哀れです。慰めをすでに受けているから。いま食べ飽きているあなたがたは哀れです。やがて飢えるようになるから。いま笑うあなたがたは哀れです。やがて悲しみ泣くようになるから。みなの人がほめるとき、あなたがたは哀れです。』(ルカの福音書6:24〜26)

この2つの言葉の内容についてお話しました。

今日は、待ちに待った『プレイズ&ゴスペルダンス大会』が行われました。

待ちに待っていましたが、同時に、声がかれてしまっているので、『一週間後だったらいいのになー』と思いました。

先週の土曜日は、『超教派賛美集会』が行われ、ハッスルして歌ってしまったので、せっかく治った声がまたかれてしまいました。

治りかけたかと思うと、また声を酷使するような集会があり、また治りかけると、声をたくさん使う奉仕があって、なかなか治りません。

こんな時、私の声はボロボロですが、心は豊かです。『神様、助けて下さい!』と祈るほかないからです。

神様がなさるプログラムは完璧です。

声がかれているので、こんな時に歌い、講演をするのはできれば避けたいですが、100%ではないにしろ、祈ったことで声帯が潤され、無駄な力が入らずに、おそらく65%くらいの状態にまで回復して、奉仕をすることができたと思います。

牧師になってから、少なくても2000回以上の説教をしていますが、私の感覚では、200回は最悪に近いコンディションの中で説教をしました。半分の1000回は、どちらかと言えばコンディションがよくない状況でした。コンディションが良かったのは、数える程ではないかと思います。

しかし、説教者の奉仕は、どんな状況の中にあってもすることができる奉仕です。

例えば、説教する直前に妻と喧嘩をしたとします。とても説教を語る状況ではありません。しかし、説教の番が回ってくるまでの時間、ひたすら、『神様、憐れんで下さい。助けて下さい。』と祈ります。

そうするとどうでしょうか? 先程まで最悪な状況だったのに、いつの間にかその状況が逆転して、調子が良い状態で説教をするより、もっと聖霊の力が注がれて、いやしや恵みが溢れ流れるような説教を語っているということもあります。

神は生きておられる方です。

もし今、最悪な状態だとしたら、最悪が最善・最高・最良に変わることを期待して神に祈って下さい。

神は生きておられるので、今、この時、この私を助け、私と共におられ、働いて下さいます。

だから、どんな時にもあきらめないで下さい。神は私を、あなたを、私たちを助けて下さいます。

『あなたが水の中を過ぎるときも、わたしはあなたとともにおり、川を渡るときも、あなたは押し流されない。火の中を歩いても、あなたは焼かれず、炎はあなたに燃えつかない。わたしが、あなたの神、【主】、イスラエルの聖なる者、あなたの救い主であるからだ。わたしは、エジプトをあなたの身代金とし、クシュとセバをあなたの代わりとする。わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している。だからわたしは人をあなたの代わりにし、国民をあなたのいのちの代わりにするのだ。恐れるな。わたしがあなたとともにいるからだ。』(イザヤ43:2〜5)

私たちの人生がどんな状況の中に置かれても、何も心配はいりません。

もし心配なことがあるとしたら、人生が順調に進み、気づかないうちに高ぶり、人を見下し、高慢になってしまうことです。

人の痛みがわからず、勢いがあるけれど、冷酷・冷淡で、嫌な奴になってしまいます。

そんな時、『神様、私が高慢にならないように助けて下さい』と祈るゆとりがあるなら、神は守って下さるはずです。

神様はあなたを愛しています。私たちも神様を愛し、神を第一にしながら歩んでいきたいものです。

一週間お疲れ様でした。
また明日お会いしましょう。

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