http://9001.teacup.com/sfk/bbs/16071 (写真入り記事)
教会は、本当に良いニュース(福音[ふくいん])のある場所だなーと痛感させられた日曜日でした。
光は闇の中でこそ輝くものです。イエス様は暗闇を照らす光です。
『主よ。あなたは私のともしび。主は、私のやみを照らされます。』(第二サムエル22:29)
人は罪という死の力を持つ病にかかっています。
『死のとげは罪であり、罪の力は律法です。』(第一コリント15:56)
『こうしなさい!』と言われるとしたくないものですし、『こうしてはいけない!』と言われるとしたくなります。
今まで、気がつかなかったのに、『こうあるべき!』と言われて罪は目を覚まし、罪の力が働き始めます。
人は、その罪のちからの前に絶望する以外にありません。しかし、その絶望こそが闇であり、その闇の中でイエス様という光が輝きます。
今日は、最後に残った男性三人で、罪の問題と心の深いところにある葛藤について話し合いました。
一人の人は、心の深い部分にある葛藤のゆえに疲れ果てて、心が麻痺して、あらゆるものに興味がなくなり、無感覚になっていました。
そのつらい状況の中にイエス様の光が輝き始めています。
他の人は、罪を犯して、罪責感に悩まされ、『自分はダメな存在だ!』と考えて苦しんでいました。しかし、罪を告白し、一緒に祈りました。
『ですから、あなたがたは、互いに罪を言い表し、互いのために祈りなさい。いやされるためです。』(ヤコブ5:16)
いやしがはじまりました。
どんな人にも希望があります。また、人生はどこからでもやり直せます。
しかし、神様以外のもので今心が満たされている人は、その光が神様を見えなくさせていて、希望を見いだせず、やり直しを経験していません。
『しかし、あなたがた富む者は哀れです。慰めをすでに受けているから。いま食べ飽きているあなたがたは哀れです。やがて飢えるようになるから。いま笑うあなたがたは哀れです。やがて悲しみ泣くようになるから。みなの人がほめるとき、あなたがたは哀れです。彼らの父祖たちも、にせ預言者たちに同じことをしたのです。』(ルカ6:24〜26)
今、絶望と暗闇を経験している人は幸いです。その只中で神を見出し、神に希望を置くことができるからです。
『心の貧しい者は幸いです。天の御国はその人たちのものだから。悲しむ者は幸いです。その人たちは慰められるから。』(マタイ5:3〜4)
今満たされている人が、もしかしたら、最も神から遠く離れているかも知れません。
反対に、今悲しみ、苦しんでいる人が、最も神に近づけられているかも知れません。
聖書の良いニュースである福音は、行いによらず、今のままで神から愛されています。その愛に気づき、その愛に憩い、その愛で満たされ、その愛に応答して生きていく生き方がクリスチャンの人生です。
私は、本当に幸せでいっぱいです。教会は神様の恵みと憐れみの祝福で溢れています。
今日、心が渇いて、愛されることに飢えていて、満たされたいと思っている人がいたら、どうぞ、教会にいらして下さい。メッセージを下さい。
また明日お会いしましょう!
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