http://memory.ever.jp/tsunami/higeki_bosai-tyosya.html
南三陸町長もあの防災庁舎で被災しました。
町長さんの著書を読みましたが、
防災庁舎の三階屋上に津波がきたときに流されてぶつかった場所が非常階段の手すりでした。
その手すりにつかまって命が助かったとのこと。
翌日、防災庁舎を降りて、変わり果てた町並みをみながら高台にあるベイサイドアリーナまで歩いていったとのこと。私の主人と車でその経路をたどりましたが、1.5キロくらいはあるでしょうか。もちろん道はありません。津波は道路を残してはくれませんので・・・。
その後は住民の安否確認、避難所、遺体安置所の設営、報道陣や県内外の応援自治体や支援物資の集配指示、ボランティアとの対応で多忙を極めていました。
落ち着いた頃に健診を受けてたら肋骨が折れていたとのこと、しかし、それがいつの間にか治っていたとの医師の診察でした。
、ご遺族のお気持ち、よくわかります。私の職場でも津波で家族を亡くした職員が数人いますので・・。 岩手県の釜石市や宮城県の東松島市、石巻市等・・・。
あの極限状況の中でも皆さん、誰もが忠実に職務を遂行し、誠実に住民に対応した方々です。
防災庁舎にいた南三陸町の職員の方も同じような気持ちだったことでしょう。
裁判で訴えて喜んでいることでしょうか。
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=2&from=diary&id=3593099
この3階の建物より2メートル高い津波って!
よく考えてみたら今日9月1日は防災の日でした。
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