http://9001.teacup.com/sfk/bbs/15989 (写真入り記事)
かつての私は、後のことを考え過ぎて、心配し、恐れ、重荷となり、疲れてがんじがらめになってしまうことがありました。
今は、とにかく、後のことを神に完全に委ねて、目の前のことに集中します。
心配や恐れが入り込む隙がなくなり、仕事ははかどるし、心配を先取りしないので疲れないので、好循環です。
1、昨日
昨日は、早朝から説教準備をし、それが終わってから、大会の教会訪問をしました。
説教準備の時は、「早く終わらせなきゃ!」と焦りそうになりましたが、神の手に委ねて、説教準備に集中しました。
説教準備が終わったら、教会を訪問したときに手渡す資料を準備して、あせらずに車で出発しました。
「出遅れた分を取り戻そう!」なんて考えたら、気が焦って疲れるし、事故につながります。
途中で、疲れてしまったので、「このまま疲れが取れなかったら、夜のマイケル・スミスのコンサートに行かないで帰ればいいや!」と考えて、後のことを手放しました。
しかし、段々元気を取り戻したので行くことに決めました
21件目の教会を回わり終えたところが、コンサート会場から距離が離れてしまった上に、道が大渋滞です。早めに会場に着かなければ、会場係の意味がありませんので、気が焦りましたが、「神様、あなたに委ねます」と祈りました。
結局、5分遅れたくらいで着いたので、開場25分前にスタンバイすることができ、気苦労しなくても、何も問題がありませんでした。
2、今日
今日は、またまた忙しい日になりそうでした。
朝から、仕事に追われ、説教準備もしました。
何で、最近説教準備ばかりをするかというと、大会の教会訪問に集中するために、急ぎでいない重要な仕事を先に終わらせようとしているからです。
午後1時半に、出前牧師の依頼を受けているので、その少し前には終わらなければいけません。
しかし、心配しないで、ただ目の前にあることに集中しました。
スマホが振動したので見ると、依頼者の方からの連絡で、「具合が悪くなりました。今日の面会は中止にして頂いてもいいでしょうか?」とありました。
出前牧師に伺う予定で動いていましたが、突然、急がなくてもよくなりました。
急いでもいいことはありません。文章を準備するときに、急げば急ぐほど文章がまとまりません。
リラックスして自然体でいる状態が一番文章の準備に向いています。
しかし、大切なことは、急ぐかどうかを決めているのは私自身です。
午後1時半という目標があったからこそ、早めに準備が終わりました。
先のことは神に委ねて、必要に以上に後のことを考えないことです。
午後3時半から夕方6時過ぎまで、地元の学校の周年行事として学校祭があり、消防団員として警備にあたりました。
中で一生懸命に働いているのは、去年まで一緒にPTA活動をした父兄たちでした。みんなで力を合わせて、子供達にとって楽しい祭りになったと思います。
3、今後
この後も、仕事が待っています。だから、すごく忙しい一日の予定でしたが、出前牧師が中止になったのは、依頼者の具合が悪くなったことも一因ですが、神様がそうなるように予定を組んでおられたのだと思います。
最初から、何も悩む必要はなかったし、「大変だ!大変だ!」と取り越し苦労をする必要はありませんでした。
私は、目の前に「わー!」と思うような重荷がある時は、「すごい祝福が待っている!」と思うようにしています。
サタンは、私が祝福を受けられないように、「大変だ!大変だ!」と偽りを語って、私を押しつぶし、私がやめてしまうことを企んでいるのです。
学校祭で2時間半立って警備をしていたのは想像以上に疲れましたが、取り越し苦労だけはやめたいと思います。
「あすのための心配は無用です。あすのことはあすが心配します。労苦はその日その日に、十分あります。」(マタイ6:34)
後のことを考え過ぎないだけで、ストレスが激減し、うつの症状は軽減し、心の重荷はなくなるとおもいます。
良い週末をお過ごし下さい。
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