http://9001.teacup.com/sfk/bbs/15986 (写真入り記事)
今日は、早朝から起きて、説教準備をしました。説教準備に集中していると、時間があっという間に経ってしまいます。
トイレに行くたびに、「またトイレか!」と感じてしまうほどです。
つまり、集中してしいるとトイレがめんどくさく感じます。
しかし、ふと考えていたら、神様が、トイレに行かなければいけない状況を作ることで、休息を与えて下さっているのだと気づきました。
もし、トイレに行かなければ、丸一日、食事も忘れて説教準備をしてしまうかも知れません。
ゲームを何十時間やりっぱなしで、亡くなってしまうことがあるそうです。
トイレは、強制的に小休憩を取れる状況になるので、考えてみれば素晴らしいなと思います。
今日は、説教準備を終えたらすぐに、大会の教会訪問に行く予定なので、できるだけ早く終わらせたいし、そのために早朝に起きました。
こんな時は、余計にトイレに行く必要がなければ、まったく休みを取らなくなってしまいます。
マラソン選手であり、熊本県議会議員の松野明美さんが、「マラソン中にトイレに行きたくならないんですか?」と質問された時に、「走りながらしちゃうんです。給水所で水を取り、洗い流すんです。」と答えました。
ある水泳選手は、「みんなプールの中でおしっこしないですか?」と言って、物議を醸したことがありますが、トイレをどうするかは、個人の判断に委ねられていますが、神様は、休憩を取らざるを得ない状況を与えて下さいました。
「トイレの神様」という歌が数年前にヒットしましたが、空想の神です。しかし、私たちを造り、私たちを愛しておられる神は、どこにでもおられます。もちろん、トイレにもおられます。汚いところにも、恥ずかしいところにも、ここだけは見られたくないところにも。
神は、すべてを知っておられ、すべてを赦し、すべてを愛しておられます。
今日は21教会を回りました。途中で疲れ切ってしまって、「あと1教会を回ったら終わりにしよう!」と、体をだましだましやっていましたが、神様が一緒におられることを思い出しました。
段々元気が戻ってきました。そして、行く教会行く教会で笑顔で迎えられるようになりました。
神様は、どんな時にも、どんなところでも共にいて下さるので、私が今何を必要としているのかもご存知で、励まし、元気を与えて下さいました。
10教会回ったくらいで帰ろうと思っていたのに、21教会を回り切り、さらに、東久留米で行われた大会のプレコンサートにまで行き、会場のアッシャーの奉仕までしました。
先ほど帰宅して、とても疲れたなーと感じますが、神様がいつも共にいて下さり、トイレ休憩、食事休憩、そして、嫌なことがあったり、うれしいことがあったり、気分転換をさせて下さり、一日を乗り切ることができました。
みなさん、トイレに行くたびに、神様が休憩を与えて下さっていると感謝して下さい。
さらに、神様はトイレにもいて下さることを忘れないで下さい。
「あなたが水の中を過ぎるときも、わたしはあなたとともにおり、川を渡るときも、あなたは押し流されない。火の中を歩いても、あなたは焼かれず、炎はあなたに燃えつかない。」(イザヤ43:2)
「見よ、処女がみごもっている。そして男の子を産む。その名はインマヌエルと呼ばれる。」(訳すと、神は私たちとともにおられる、という意味である。)」(マタイ1:23)
一日お疲れ様でした。おやすみなさい。
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