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2015年08月20日17:22

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「一日一シャ〈謝と謝と赦と写〉【136】 2015/8/20(木) つながっていたい」

http://9001.teacup.com/sfk/bbs/15963 (写真入り記事)

昨日は、説教準備に一日を費やしました。そうすると、朝も昼も夜もごっちゃになってしまいます。食事の時間になっても、中途半端に切り上げて食事をするよりは、準備に集中するからです。

結局、終わったのが夜中でしたので、寝るのが遅くなると、必然的に朝目覚めるのが遅くなります。

今朝の投稿は、朝起きたのが遅かったので、投稿した時間も遅くなりました。加えて、もう一つ遅くなった理由があります。

パソコンを立ち上げましたが、インターネットの接続が切断されていました。

急ぐ必要もないので、再起動を繰り返したり、その合間に他の作業をしたりしました。最後は、インターネットのモデムを再起動したことで、インターネットが再接続されて、それから投稿したので遅くなりました。

今の時代、パソコン一台だけがあっても、それだけでは物足りなさを感じます。

「説教準備のパソコン」と、「ネットに投稿するパソコン」は使い分けていますが、インターネットで接続されていてこそパソコンが有意義に活用されます。

私たち人間と似ています。

先日、千葉の22教会中、21教会は一人で回りました。通常、数人のチームで回っていますが、一人で回るとマイペースで動けるので、楽だなーと感じました。

私は、人に気を遣いながら仕事をするくらいなら、一人で仕事をした方が気が楽だし、効率的なので、一人で仕事をすることが好きです。

そのくせ、人が好きで、人と一緒に時間を過ごすことが好きです。

仕事は一匹狼、しかし、その他はみんなでワイワイガヤガヤが好きなのではないかと、最近感じます。

反対の人もいると思います。

仕事はみんなで協力して行い、プライベートの時間は一人だけになりたい。

どちらにしましても、人は一人では生きていけません。一人が良ければ、離れ小島の無人島で生活をしたらいいのです。

昔、「不思議な島のフローネ」というアニメ番組がありました。放映が1981年ですので、当時10歳でした。毎週欠かさず観ていました。

主人公のロビンソン家族は、スイスからオーストラリアへ向かう途中、船が座礁して南洋の無人島に漂着し、ロビンソン一家が力を合わせ、無人島でのサバイバル生活を楽しみながら、島からの脱出に向けた困難に不屈の精神で立ち向かうストーリーです。

これは物語なので、当時は、今の生活とおさらばして、「無人島での生活をしてみたいなー」と憧れたものですが、実際に、あのようなサバイバル生活を強いられたら、孤独であり、どれだけ大変だろうかと思います。

人は、誰かとつながっていたいものではないでしょうか?

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全員とつながるのは無理ですし、そんな必要はありませんが、一部の人と、強く、しっかりつながることで、支えられるし、人生が豊かになり、意義あるものとなります。

私は、上記7つの関係でバランスよくつながっているのが理想だと思いますが、どれか1つを選ぶとしたら、神との関係が最も大切です。

神との関係とその他の人間との関係は、十字架の十の字のようです。

対神関係は「十」の縦線の関係です。十字架の十は縦が若干長めですが、この縦の神との関係が堅固になり、豊かになるならば、それと比例して、横の人間関係が豊かになっていきます。

人間関係が得意な人もいますが、苦手な人もいます。その人は、無理に人間関係をよくしようとあくせくする必要はないと思います。

自分を造られた神との関係を確かなものとするならば、それに比例して、人間関係が自然に深まっていくはずです。

人間関係がうまくいかない人は、必ずではありませんが、神との関係もうまくいっていません。

中には、無視論者なのに、温かみがあり、良い人間関係を築ける人がいるでしょう。しかし、その人が神を信じ、確かな神との関係を築き上げるなら、さらに豊かな関係が持てることでしょう。

反対に、熱心なキリスト教徒なのに、人間関係がうまくいかない人もいるでしょう。私は、無理に人間関係を良くしようとすることをやめて、神との関係を深めていったらよいと思います。

クリスチャンで、人間関係が、機械的・形式的になってしまう人は、もしかしたら、神との関係も機械的・形式的なのかも知れません。つまり、神との人格的な関係を持っているのではなく、キリスト教という宗教にただ熱心なだけかも知れません。

「わたしはぶどうの木で、あなたがたは枝です。人がわたしにとどまり、わたしもその人の中にとどまっているなら、そういう人は多くの実を結びます。わたしを離れては、あなたがたは何もすることができないからです。」(ヨハネの福音書15:5)

ぶどうの木と枝の関係のように、神といのちが通う関係を持つならば、その人生のすべてが豊かに実を結びます。

いのちが通うと、

1…イキイキします
2…のびのびします
3…血が通います

人は、誰かとつながっていたいものです。その一番大切な関係は、創造者であられる神との関係です。

次は、パートナーや身近な家族との関係です。

ある牧師は、教会員には愛情表現をし、親しく関わるのに、奥さんには愛情表現をしないし、親しく関わりません。これは、どこかがおかしいと思います。順番が間違っています。

�/世魄Δ掘´▲僉璽肇福爾魄Δ掘´2搬欧魄Δ�

それと同じ気持ちで教会員に温かく接していくことです。

何もこれは、牧師だけの話をしているのではありません。どんな職業、どんな人にも当てはまります。

ある人のコラムに、「男はみんな浮気をするものだ」と書かれていました。

しかし、浮気する人もいれば、浮気をしない人もいます。浮気をしたいけれどガマンして浮気をしない人もいれば、浮気をしたいけれど浮気する相手がいない人もいるでしょう。

浮気は、的外れな愛情表現です。

本来は、パートナーを第一に愛し、最優先すべきです。そうしていれば、お互いに寂しくないし、仮に浮気願望があっても、一瞬のことでしょう。

人は、本来神との関係を第一にしなければならないのに、神との関係をおろそかにするので、神との関係で満たされるべき心の隙間を、お金、名誉、権力、成功、快楽などで満たそうとしているので。しかし、それで心は満たされません。ますます心が乾くだけです。

人の心には、神との関係でしか埋められない心の隙間があるのです。

そして、次に第一優先すべき関係は、パートナーとの関係です。夫婦がお互いを大切にし、第一にしているならば、それで心は満足するものです。

夫婦関係で欲求不満があるので、他の人に心を寄せて、浮気したいと思うようになり、何かのきっかけで浮気がはじまることがあります。

神との関係が切れていて代用品を求めたり、結婚をしているのに夫婦関係が壊れていて、代わりに、他の人に心を向けたり、浮気する人は、寂しい人です。

どうぞ、神とつながり、パートナーとつながり、その上で、他の人としっかりつながっていきましょう。

モノやお金は、つながっている神や人間関係のために使う道具に過ぎません。

今日は、夕方まで説教準備の続きをしました。当然、一人きりです。しかし、そうではありません。神と二人三脚で準備をします。

これからから、ギターを抱えて、祈祷会に行き、祈祷会の後は食事会を行い、さらに、親しい友人の引越しを手伝いをする予定で、帰宅は夜中、もしくは、明け方になります。だから、今日は早めに投稿します。

私は、神との関係、そして、人間関係を通して、心が喜びで溢れています。

お昼頃、妻や子供たちと一緒に食事をし、楽しい団らんの時間も持ちました。

最後になりましたが、こうして、文章を通じてみなさんとつながっていられることを感謝して、今日の一日一シャとさせて頂きます。

お疲れ様でした。また明日お会いしましょう。

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