http://9001.teacup.com/sfk/bbs/15853 (写真入り記事)
今日も、数あるページの中からこのページをアクセスして下さり、目をとめて下さって感謝致します。
昨晩まで、喘息発作が出ていました。祈りながら神様に明日のことを委ねてから休みました。朝5時に起きると、ほとんど発作は治まっていました。神様が祈りに答えていやして下さいました。皆さんのお祈りにおかげです。ありがとうございます。
5年前の同じ時期に、喘息で2週間入院(当初は3週間の予定)をしました。退院予定日よりも1週間も前に、一年前から頼まれていた大会の賛美奉仕がありました。穴を開けるわけには行きません。しかし、無理することもできませんが、医師と相談し、お願いをしました。「早めに退院して、ホテルに泊まりながら、病院で受けていた治療と同じ治療を受けながら大会での奉仕をしたいのです」とお願いしました。
医師は、「危険なので、そんなことを認めるわけには行きません!」と言われましたが、私の意思が固いのを考慮して、何とか許可して下さいました。
ホテルに泊まりながら、奉仕と奉仕の合間にはお部屋のベッドで休みながら、大会の賛美奉仕をやり切ることができました。
しかし、ステロイド錠や抗生物質、さらに、ステロイドで興奮した精神を鎮めるためにデパスという精神安定剤が出されていました。何も考えずに飲んでいましたが、精神状態はボロボロ、さらに、ステロイドによって声がかすれて、最悪のコンディションでした。
しかし、休憩時間に、「菅野さん、いい声してるねー」と言ってくれる人がいました。また、私を自分のホテルの部屋に呼んで、いきなり悩みを打ち明けて、「ぜひ私のために祈って下さい!」と真剣に頼んできた人がいました。お祈りが終わると、「菅野先生には特別な慰めの力が注がれていますね」と涙ぐみ、喜んでくれました。
私自身の感覚では、精神状態はボロボロ、声もかすれてハスキーで、恥ずかしくて、穴があったら入りたいような気持ちでしたが、歌声をほめられたり、「慰められました」と感謝されたことで、神の家族の温かさを感じて、涙ぐんでしまうほどうれしかったです。神様が励まして下さったと思います。
聖書には、「わたしは弱いときにこそ強いからです。」と書かれています。
私の体は、入院していなければならないほど弱っていました。だからこそ、神様だけに頼らざるを得ませんので、神様の力、神様の慰め、神様の喜びが私を通して流されて、そこで出会う人たちに伝わったのだと思います。
今回の日光での賛美奉仕も、ギリギリでした。昨晩まで、「ゼーゼー、ヒューヒュー」いっていました。昨晩寝る前に、強いステロイド錠を飲んでから、「神様、どうか喘息をいやして下さい」と祈って休みましたが、神様は、必要な時までにいやしを与えて下さって、日光での集会が進むにつれて、段々元気を取り戻しています。
「神様に支えられ、生かされているんだなー」と痛感させられています。
また、この大会には、末期ガンの男性も、無理して参加されました。みんな口々に、「奇跡の参加だ!」と話していますが、私は、奇跡の参加だけではなく、奇跡のいやしがこの3日間の間に起こることを祈っています。賛美の合間に、会衆のみなさんに呼びかけて一緒に祈りました。
数ヶ所のキリスト教系病院のホスピス病棟でチャプレンをしている先生のお話の中で、「ホスピス病棟に入院する人には3つのタイプの人がいます。」と話されました。
�� ガンや死と戦って、打ち勝とうとする人。そのタイプの人の中には、ホスピスから生還して、今も生きておられる人もいるそうです。これは、紛れもなく、神のいやしです。
�� 死を神から召しとして、平安のうちに柔軟に受け入れている人。この人は、「ハレルヤ!」と言って、最期は天国に凱旋して行かれるそうです。
�� 余命を使って、個室から大部屋に移って、伝道に最後の命を捧げる人。中には、20人以上を洗礼に導いてから天に凱旋して行った人もいるそうです。
今や、国民の2人に1人がガンにかかると言われるほど、ガンは国民病になっています。しかし、ガンにかからないもう1人も、必ずいつか死んで神の前に立つ日が来ます。人間の死亡率は100%です。
やがてその日がきます。しかし、その日に備えて、準備ができていますか?
聖書は、「あなたはあなたの神に会う備えをせよ」( アモス書4章12節)と語ります。
今晩死んでも神の前に立つ方法があります。それは、お金を払うことでも、犠牲を払うことでも、修行をすることでもありません。ただ、神の恵みとして受け取ることです。
聖書は次のように語ります。
「イエスは彼に言われた。「私が道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれひとり父のみもとに来ることはありません。」(ヨハネの福音書 14:6)
「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。神が御子を世に遣わされたのは、世をさばくためではなく、御子によって世が救われるためである。」(ヨハネの福音書 3:16-17)
「なぜなら、もしあなたの口でイエスを主と告白し、あなたの心で神はイエスを死者の中からよみがえらせてくださったと信じるなら、あなたは救われるからです。人は心に信じて義と認められ、口で告白して救われるのです。」(ローマ人への手紙10:9-10)
「罪から来る報酬は死です。しかし、神のくださる賜物は、私たちの主キリスト・イエスにある永遠のいのちです。」 (ローマ人への手紙 6:23)
「主の御名を呼び求める者は、だれでも救われる。」のです。」 (ローマ人への手紙 10:13)
まだ神の恵みを受け取っていない人は、次のお祈りを一緒にしませんか?
「イエス様、私は罪人です。あなたの救いを必要としています。自分の力や行いによっては、天国へ行くことができません。あなたが私の罪を赦すために十字架で死んでくださり、葬られ、よみがえられたことを、心から信じます。私の心の中心に入り、これからの私の人生を導いてください。イエス様のお名前によってお祈りいたします。アーメン」
このお祈りを一緒にして下さった方は、神の子どもとなりました。仮に今晩死んだとしても、神の前に立ち、永遠の命を頂いて天国に入ることができます。
今日も、天国に続く一日を生かされていることに感謝して、今日の「一日一シャ〈謝と謝と赦と写〉」とさせて頂きます。
おやすみなさい。これから温泉に行ってきます。
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