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長尾 敬(ながお たかし、1962年11月29日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の衆議院議員(2期)。
目次
経歴
人物
政策・主張
所属団体
活動費
脚注
外部リンク
経歴編集
東京都立保谷高等学校を経て、1986年(昭和61年)、立命館大学経営学部経営学科卒業。同年、明治生命保険相互会社に入社。勤務の傍ら、衆議院議員・阿久津幸彦に師事。大前研一主宰の政策塾・一新塾に入塾[要出典]。
2002年(平成14年)8月 明治生命保険相互会社退社。同年9月、民主党大阪14区総支部長に就任。翌2003年(平成15年)11月9日の第43回衆議院議員総選挙に、民主党公認候補として立候補したが、78,654票で次点で落選。
2005年(平成17年)9月11日の第44回衆議院議員総選挙に、民主党公認候補として立候補したが、89,142票で次点で落選。
2009年(平成21年)8月30日の第45回衆議院議員総選挙では、自由民主党現職の谷畑孝を破り、136,798票を得て、初当選(谷畑は比例復活)[1]。
2012年(平成24年)11月15日(衆議院解散の前日)に民主党を離党、将来的に自民党に入党する意向を表明した[2]。第46回衆議院議員総選挙において、谷畑が自民党を離党し日本維新の会から立候補したことから、自民党は独自の候補者を擁立せず、無所属の長尾を推薦する形を取った。しかし、12月13日に自民党総裁の安倍晋三が長尾の応援演説を行っている最中に突如として公認を発表した。その後は[要出典]自民党公認候補として戦ったが、この経緯のために[要出典]重複立候補はできず、谷畑に惜敗した。山形3区の加藤紘一(年齢制限により重複立候補できず)と共に、直近の解散まで現職であった自民党候補としては二人の落選者のうちの一人となった。
2014年(平成26年)12月14日の第47回衆議院議員総選挙に自民党公認で大阪14区から出馬し、維新の党の谷畑に再び敗れるも比例復活で当選。76,555票を得た。
当選後、首相の安倍から直接誘いを受け、清和政策研究会に入会した[3]。
人物編集
信条は「至誠、天に通ず」。血液型はB型[4]。思想的には保守派であり、民主党在籍中はなぜ民主党にいるのかとよく聞かれたという。また、自民党が野党時代に、与党民主党議員でありながら、安倍晋三、下村博文、山谷えり子、古屋圭司、衛藤晟一、加藤勝信、城内実、稲田朋美らと行動を共にすることが多かった。城内は民主党政権時代、長尾が民主党内の情報を頻繁に提供してくれて助かった旨を述べている[5]。ジャーナリストの櫻井よしこからも期待が大きく、櫻井は長尾の著書「マスコミと政治家が隠蔽する中国」(眞人堂)の帯に「最も信頼する政治家の一人」と紹介。議員1期目時代を含め、尖閣諸島における漁業活動に5回参加。中国公船に10時間追尾され危険な目にあったと著書にて記している。
民主党を離党して自民党員となる事を決意したきっかけは、民主党の綱領に関する全議員会議において精神的疲労があった事をFacebookに投稿した際、2012年に自民党総裁となった当時の安倍晋三が「長尾さんには民主党は似合いません。」とコメントした事によると述べた[6]。日本の領土を守るため行動する議員連盟や国益を考える会に所属していた[要出典]。
政策・主張編集
憲法9条の改正に賛成[7]。
集団的自衛権の行使に賛成[7]。
「道徳」を小中学校の授業で教える事に賛成[7]。
カジノの解禁に賛成[7]。
原発は日本に必要としている[7]。
首相の靖国神社参拝を問題ないとしている[7]。
「村山談話」及び「河野談話」を見直すべきとしている[7]。
特定秘密保護法を必要としている[7]。
年金の給付水準が下がるのは、負担増が耐えられない為やむをえないとしている[7]。
ヘイトスピーチを法律で規制することに反対[7]。
外国人参政権に反対[8]。
人権擁護法案に反対[9][10]。
TPP参加に慎重な姿勢[11][12]。
竹島は日本固有の領土と主張[13]。
選択的夫婦別姓制度に反対[14]。
制度導入反対を訴える集会「夫婦別姓に反対し家族の絆を守る国民大会」に参加[15]。なお、反対の理由は、「多くのマスコミに取りあげてもらう」「支援して下さった家族を信仰の中心に据えている宗教団体に実態を知って頂くこと」と述べている[16]。
所属団体編集
文化芸術懇話会
活動費編集
2012年、離党前に所属していた民主党より、党から受け取った活動費300万円の返還を求められた。2012年11月の時点では、この活動費は返還されていないと民主党は主張している[17]。
脚注編集
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