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2015年06月12日01:05

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「一日一シャ〈謝と謝と赦と写〉【65】」

http://9001.teacup.com/sfk/bbs/15797 (写真入り記事)

私のニックネームの一つは、「出前牧師カンちゃん」。その他にも、いくつかのニックネームを持っています。

13〜14年前くらいから、インターネットを通して伝道活動をスタートし、いろいろな人とのかかわりがはじまりました。

当時、ネット上では、ハンドルネームを使うことが流行っていました。パッと思いついたのが、「パスター菅野」。何のことはない、「パスター」は英語で「牧師」、つまり「菅野牧師」を英語にしただけです。

ところが、この「パスター」の「パ」は、「ハに丸」ですが、「ハに点々」の「バ」だと勘違いする人が時々いました。

「パスター」だと「牧師」ですが、「バスター」だとだいぶイメージが変わります。

格闘技の世界では、相手を高く持ち上げてマット(床)に叩きつける技のことを言い、野球の世界だと、バントの構えから、一転して強打に出る奇襲戦法のことを言い、やっつける人、つぶす人、破壊者などの意味があります。

「バスター菅野」は、人を苦しめる罪、悪魔、病気、呪い、死などの悪の力を、聖書の言葉と神の霊によって破壊し、人々を解放し、救うために用いられる人だと、自分なりに解釈しました。

7〜8年以上前から関わってきた人からは、「パスター」と呼ばれますが、最近に関わるようになった方からは、「カンちゃん」と呼ばれます。「パスター!」と呼ばれると、何となく、「牧師らしくしないといけない!」と感じますが、「カンちゃん!」だと、「友達感覚でいいんだ!」と、肩の力が抜けます。

他に、「サンター・ナオキ」というニックネームもありました。これは恥ずかしくて、いつの間にか使わなくなってしまいました。

「サンター」とは、「3つ」の「『ター』の称号」のことです。

一つ目の「ター」は、パスター・・・牧師、二つ目の「ター」は、ドクター・・・博士、三つ目の「ター」は、アクター・・・俳優、男優、役者などのう意味です。

私に「サンター・ナオキ」とニックネームをつけてくれた人は、特に、三つ目のアクターなどは、私を過大評価して、「多彩な芸人のようだ!」と考えて下さいましたが、実際、「サンター・ナオキと申します!」と自己紹介すると、恥ずかしくて、いつの間にか、自ら封印してしまいました。

他にもいくつかありましたが、主なものはそんなところで、今生きているニックネームは、「カンちゃん」もしくは、「出前牧師カンちゃん」です。

キリスト教界の中で、「巡回伝道者」と呼ばれる人がいますが、主に、既存の教会から呼ばれて、未信者向けの講演をします。ある人はローカルな地域だけを回りますが、違う人は、日本全国や、世界を股にかけて講演活動を続けています。

「巡回伝道者」に対して「出前牧師」は、「1:1の相談、病床に訪問・慰問・祈祷、家庭集会、どんな小グループの集会でも喜んで伺います!」という働きです。

もちろん、大きな大会で音楽や講演の奉仕をすることもありますが、2つとして同じような働きはありません。

私は、16歳から20歳頃までそば屋の出前の仕事をずっと行っていました。その経験が、今の私の「出前牧師」につながっています。かつてはそばを出前をしていましたが、今では、福音を出前をしています。

出前牧師は、実際行きませんでしたが、地球の裏から呼ばれたこともあります。単発でいろいろな教会から説教者として呼ばれて説教もします。多くは、リピーターの奉仕で、毎週や毎月など定期的に、司会、音楽奉仕、聖書勉強やカウンセリング、慰問にいきます。

今日、出前牧師の話をした理由は、出かけていくことがとても大きな祝福になっていることを伝えたかったからです。

日本全国をはじめ、海外にも何度も出かけました。韓国で数十回、アメリカは、テキサス州、カリフォルニア州、ハワイ州にそれぞれに数回、イスラエルは二回行きました。

旅をすると、元気になって帰って来ます。

行く前は、「忙しいし、しんどいなー!」と思うのに、旅行から帰って来ると、「あー、出かけてよかった!」と思いながら帰って来ます。

旅先では、旅先でしか体験できない、言葉では言い表せないほど貴重な経験をすることができます。

まず、必ずといっていいほど、ハプニングが起こります。予定を変更せざるを得なくなったり、急きょ柔軟な対応が迫られることがあります。そのような経験を通して、段々腹が座って来ました。とっさの判断力、交渉力、度胸なども身に付いたと思います。

次に、思いがけない新しい出会いがあります。行った先行った先で、いろいろな人を紹介してもらったり、「せっかく遠くから来られるのだから・・・」と、無理して会いに来てくれる人もいます。出会いは、これ以上ない祝福です。

また、旅先では後がないので、時間を有効に使うようになります。地元で3日かけて回るところを、一日や半日でまわってしまうこともあります。疲れていても、「カンちゃん、面白い集まりがあるんだけど行ってみない?」と誘われたら、必ず行きます。経験的に、「どうしようかな?」と思った時ほど、素晴らしいできごとが待っているものです。

中には、常識が全く通じず、理解できないような人たちと出会うこともあります。日常生活では、そういう人は避けるかも知れませんが、旅先では、そういう出会いも大切にします。日本は島国で、そういう人を排除しやすい傾向がありますが、島国根性が壊される経験をします。

旅は、多くの祝福が待っています。みなさんの回りで、よく旅をしたり、短期の出張をしたりする人を見て下さい。元気で輝いていませんか? 実は、どんな人でも旅に出かけるとそんな幸せな状態になれるのです。

可能なら、機会を見つけて海外に出かけたり、東京から離れている人は、一度私のいる東京に遊びに来ませんか?

出かけることで、気分転換になったり、素敵な出会いや素敵な体験があなたを待っています。

さて、毎週木曜日は、妻と一緒に買い物に出かけます。これもちょっとした旅です。いろいろな新しいお店に行って買い物をし、一緒に食事をして帰って来ます。通常は、立ち食いそば、海鮮丼、牛丼、定食など食べますが、今日は、行列のできるパン屋さんで列に並んで、パンを買って食べました。なぜ行列ができるかがわかるようです。安くて、おいしいです。

帰宅してからは、昨日終わらなかった事務仕事をしました。この文章は、仕事の合間を縫って、少しづつ書きました。

夕方まで集中して事務仕事をし、ギターを車に積んで御茶ノ水に向かいました。

祈祷会は約2時間行われます。ほとんど祈っています。なかなかこういう祈祷会は少ないと思います。ほとんどの祈祷会は、祈祷会というより、説教会、証会、おしゃべり会といっても言い過ぎじゃないと思います。最後にちょっと、申し訳ないので、代表者がお祈りしますが、大半の時間は祈り以外のことに費やされます。

今日は、参加者のご家族が、意識不明の状態で、必死にいやしを求めておられますので、私たちも一生懸命にお祈りしました。

人のために祈ると、良いことだらけです。

�� 人を愛することを学びます。
�� 人のために祈っている間は、自分の悩みを忘れます。
�� 人のためにお祈りをすると、神様が自分自身の問題に関わって下さり、気がついたら解決します。
�� 人のために祈っていると、その人の問題を解決する知恵が与えられますが、その知恵は、同時に、自分の問題の解決にもつながります。
�� 人のために祈っていると、自分の悩みがちっぽけに思えるようになり、悩みが小さくなります。

「あなたがたの中で苦しんでいる人は、祈りなさい。喜んでいる人は、賛美の歌をうたいなさい。あなたがたの中で病気の人は、教会の長老を招いて、主の名によってオリーブ油を塗り、祈ってもらいなさい。信仰に基づく祈りは、病人を救い、主がその人を起き上がらせてくださいます。その人が罪を犯したのであれば、主が赦してくださいます。だから、主にいやしていただくために、罪を告白し合い、互いのために祈りなさい。正しい人の祈りは、大きな力があり、効果をもたらします。エリヤは、わたしたちと同じような人間でしたが、雨が降らないようにと熱心に祈ったところ、三年半にわたって地上に雨が降りませんでした。しかし、再び祈ったところ、天から雨が降り、地は実をみのらせました。」(ヤコブの手紙5:13〜18)

一日お疲れ様でした。みなさんのためにお祈りをしています。

お祈りしてほしいことがありましたら、メッセージやメールを下さい。

おやすみなさい。また明日!

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