昨夜23時、函館に到着し駅構内の待合室にて待機。
昨日同様に0時40分、改札となる。

今日は昨日程では無いが、それでも急行「はまなす」の機関車付け替えでは群がっている。

今回は奮発して4号車に連結されているカーペット車の指定を取っておいた。
これは、青函連絡船の桟敷席をイメージした感じの車輛で、カーペット敷きの車内を区画毎に販売している。
指定された区画は、13番下席。

荷物を置いて撮影に行く。
今日のDD51は単行であった。

車内を見て回ると、通常の指定席と自由席は悲しい位に空いていた。
満席なのはカーペット車位で、寝台車も50%程。
「北斗星」や「トワイライトエクスプレス」のフィーバーとは対照的だ。
昨日も撮影したので早々に切り上げ、睡眠。
函館を発車したのは感覚で解った。
目が醒めたら千歳に到着する所であった。
私の最寄り駅は烏丸。
そして、今は千歳、
烏丸ちとせ…
札幌到着直前、国鉄型客車の車内チャイム「ハイケンスのセレナーデ」のオルゴールが流れた。
札幌到着後、時間に余裕もあるから「はまなす」の撮影会。

恐らく、急行「はまなす」に乗るのも今日が最後だと思うと感慨深い。
恐らく、私が今まで乗った夜行急行列車の中で最多の乗車は恐らく「はまなす」であろう。
少なくても6回以上は乗車しており、他にこれだけ乗車した夜行急行列車は無い。
6時40分頃、札幌駅7番ホームで特急「スーパー宗谷1号」を待つ。
何人か並んでいたが先発の特急「スーパーおおぞら」が発車したら、一番先頭に並ぶ事が出来た。
しかし、案内板を見ていると、普段は4輛編成で2号車と4号車が自由席なのに、4号車5号車が自由席となっている。
多客期でも無いのに増結かと思っていたら、何時の間にやらかなりの列になっていた。
「スーパーおおぞら」や「オホーツク」の比では無い。
一体、何事かと思っていたら、入線してきた特急「スーパー宗谷1号」は何と、JR北海道が誇るリゾート特急用の特別車輛キハ183系5200番台「ノースレインボーエクスプレス」だった。

これは5輛編成で全ての車輛がハイデッカーになっている、正にリゾートの為の車輛。
3号車のみダブルデッカーになっており、1階部分はフリースペースのラウンジになっている。
こんな事、時刻表にも出ていなかったし、ホームでの案内も無かったから乗客も不思議そうな顔をしていた。
座席はハイデッカーだから、当然階段がある。
かなりの列だったから乗り込むのにも一苦労あり、しかも立席まで出る有様。
私は先頭にいたから悠々と進行方向左側の、4号車8番A席に着席。
今回の北海道ツアーは、オフシーズンだったのでこの手のリゾート特急は走っておらず、乗車は諦めていたのだが、これは嬉しいサプライズだ。
列車が発車してから、車掌から急遽、車輛点検で通常と違う車輛になったとの案内が入る。
そして、車輛が変更になった影響で到着に若干の遅れが出ると案内している。
稚内到着は13時1分、8分の遅れが見込まれるそうだ。
此方としては別に構わないし、余計にこの車輛に乗っていられるのでむしろ歓迎だ。
尤も、ビジネスや観光など用事のある人には迷惑な話だろう。
「ノースレインボーエクスプレス」はキハ183系列だから、キハ261系列に比べて走行性能は落ちる。
岩見沢に着いたら予想に反してかなり降りる。
どうやら、札幌近郊都市間の移動手段として「スーパーカムイ」のサポートもしているのだろう。
私の隣の席の乗客も降りて仕舞い、空き席すらちらほら出ている。
そして、何処で情報を仕入れるのか、沿線各地でカメコが撮影していた。
旭川までの各停車駅でもちらほらと降り、逆に乗る人は少なかったから車内密度は低くなる一方。
少し悲しいが、此方としては快適さが増すので空いてる車内は歓迎である。
4号車ドアが不調とかで、5号車もしくは3号車のドアを使用して呉れとの案内が入った。
旭川からはいよいよ宗谷本線。
16年振りである。
この路線は稚内に向かって左側が圧倒的に景色が良い。
塩狩峠を越えると、凍てついた天塩川が付かず離れず流れている。

しかも車輛はハイデッカーの「ノースレインボーエクスプレス」
これ以上の贅沢はあるまい。
更に贅沢に、ラウンジでコーヒーとバームクーヘンを頂く。

正に至福の一時。
しかし、こう云う車輛に乗るには、矢張り一人よりかは気の合う仲間と乗りたいものだ。
問寒別の手前で長いタイフォンが鳴り響き急制動が掛かった。
エゾシカの線路侵入で、幸い衝突は免れた。
この辺り、エゾシカが多い。

幌延の手前で天塩川から離れる。
そして、3号車トイレ詰まりの案内があった。
何気にトラブルが多く車掌に同情する。
そのせいか車内放送で豊富を飛ばし「次は南稚内」と案内していた。
実際、豊富でドア扱いが少し遅れていた。
抜海を過ぎると、一瞬だけ日本海沿いを走る。

丘陵地域を抜ける様に走り眺める日本海は印象深い。
丘陵地域を下ると稚内の町に入る。
南稚内に停車し、いよいよ終着、稚内。

日本最北端の駅として余りにも有名。

到着時間は13時11分で、ダイヤだと12時53分の予定だったから、18分の遅れ。
18分余計に乗車出来た事を喜ぶ。
札幌から稚内までは396km、気動車の特急としては日本最長である。
しかし、16年振りに稚内を訪れたが、駅舎が建て替えられ、全く未知の町に来たような錯覚を覚えた。

感慨に浸る間も無く、慌ただしく13時45分発の札幌行き特急「サロベツ」に乗車。

車輛はキハ183系500番台ね3輛編成。
その、3号車17番D席を取る事が出来た。
乗り鉄の方々なら良くご存知のシートである。

此方は遅れも無く定刻に発車。
今しがた辿った線路を折り返す。
たまたま席が近所になった方と話をしたら、何でも荒天で飛行機が欠航しそうだから、礼文島から船で稚内まで出て、「サロベツ」で札幌まで行くそうだ。
丸一日の工程。
礼文島から出る小型の飛行機は、そんなに高度が取れないから雲のすぐ上ギリギリを飛ぶそうだ。
大分と日も落ちかけた15時46分、音威子府に到着。
本日の目的は、日本四大駅蕎麦の1つ、音威子府駅常盤軒の蕎麦を食する事。

ここの駅蕎麦は、音威子府産の蕎麦で、出雲蕎麦より黒い蕎麦。
19年前に食べたきりで、久し振りに食べたくて仕方が無かったのだ。
前は持ち帰りで車内で食べたから、音威子府駅に完全に途中下車したのは25年振りにもなる。
営業は16時迄で、売り切れたら店仕舞いだから、時間的に微妙であったが、開いていた。
19年前にも食べた、天麩羅蕎麦を頂く。

そして、まだ小腹が空いていたし次は何時食べる事が出来るか解らないから、かけ蕎麦をお代わりした。
次の稚内行きの普通は16時31分発で暫く時間があるから、駅舎内にある天北線記念館を見学する。

天北線とは、音威子府からオホーツク海回りで南稚内を結ぶ路線。
1989年に廃線となっている。

当時高校生だった私は、なけなしの金を集めて、天北線までやって来た。
その展示を見て、何とも云えない感覚に捕らわれた。

16時8分発の稚内行き特急「サロベツ」が遅れていたので、31分の普通列車も15分程遅れて発車した。

もう、日も暮れた中を走るから、どんな所か全く解らぬ。
30分ちょっとで天塩中川。
天塩中川は今年の11月に駅舎を昭和の駅舎に復元した。

日も落ち、雪の中煌々と灯りが照らす駅舎は、1つ間違えるととんでもない雰囲気になる。


まるで9600型蒸気機関車辺りが石炭列車を牽いて現れそうな雰囲気だ。

只でさえ真っ暗な田舎の駅に一人で、しかもこんな雰囲気で列車も遅れているとなれば、不安に押し潰されそうになる。
気晴らしに駅前を歩いて、スーパーに寄った。
パンが安かったので、晩飯代わりに購入。
天塩中川発18時15分の特急「スーパー宗谷4号」は24分の遅れで到着した。
車掌やラウンジの客室乗務員にも顔を覚えられていた。
ラウンジで、バームクーヘンとコーヒーのセットを頂いたが、客室乗務員に「午前中も乗られてましたよね」と云われ、少々恥ずかしい。
しかし、ラウンジを見たら午前中に見た顔もチラホラ。

仕事をリタイアされた年配のご夫婦は、稚内から指宿まで乗り継ぎの旅の途中だとか。
札幌からは「はまなす」に乗られるとかで、実に旅慣れされている様に思えた。
こう云う、ご年配の方が羨ましく思える。
疲れもあり、うとうとしながら過ごす。
結局、札幌には30分以上遅れ、22時30分を廻っていた。

向かいに22時発の急行「はまなす」が待機しており、「スーパー宗谷」からの乗り継ぎ客を乗せたら、直ぐに発車して行った。
今日の宿は、また東横INN札幌すすきの南。
308号室に案内されたが、何故かツインだった。
ログインしてコメントを確認・投稿する