本日は東京大空襲のメモリアルデーですね。
もう戦争体験者も残り少なくなって、教科書では知れない本当の歴史を生身で知る人がほとんどいなくなってしまってますが、最近の魂からの衝動で、その辺の事を調べていたら、いろいろと知らなかった事が知れました。
『●アメリカ軍は1944年11月1日から都市空襲を本格化させ、六大工業都市を狙った後、
人口の多い順に日本全国64の都市を火の海にして、焼け野原にした。
1945年3月10日の東京大空襲では、40k�屬亮�囲にナパーム製高性能焼夷弾を投下して火の壁を作り、住民を猛火の中に閉じ込めて退路を断った。その後、約100万発(2000トン)もの油脂焼夷弾、黄燐焼夷弾やエレクトロン焼夷弾が投下された。
こうして、一夜のうちに10万人以上の民間人(非戦闘員)が生きたまま焼き殺された。
まさにホロコースト状態である (ホロコーストは「焼き殺す」という意味を持つ)。』
とか、原爆と共に三つの落下傘が落ちて来たとあり、それは
『地上の人間の注意を喚起するためである。落下傘は現在ですら珍しい。当時とすれば尚更のことで、結構な見世物になった。かすかな爆音に気づいたヒロシマの人たちが不安を感じてその方角を見上げると、青く晴れた空にポッカリ、見たこともない落下傘が白く大きく華やかに開く。
思いがけない光景に人びとは袖を引き、他の人に声をかけ、アレヨアレヨと皆で3個の落下傘を見守った。
その背後に「原子爆弾」がツーと落ちつつあるとも知らないで……。
そしてその人たちはすべて死ぬか、目を焼き切られた。』とのこと。
http://inri.client.jp/hexagon/floorA4F_ha/a4fhc700.htmlより
調べれば調べるほど残虐な事が行われていたのだと知りました。
私は311後に真実を知り、「まさか、人間のできることではない」と、なかなか受け止められなかったのだけれど、こうして知ると、当然の事実だったのだなと感じました。
小学生の時、臨時講師として深川のお寺の住職さんが来てくれて、延々東京大空襲の時の生々しい体験話を聞いた事を思い出しました。話し方が上手だったのもあり、その時は通常授業がつぶれて助かったくらいに思いつつ聞いていたけれど、暗記つめこみ授業なんかよりずっと大切な事を教わった気がします。
折しも明日は311。震災後三年経ってもまだ原発が収束していないのも、まだ多くの人が目を塞いでいるからではないかと感じています。
目を塞がずに、真実を受け止めない事には、どんな解決策も的外れになるとずっと感じていたけれど、まだ受け止めきれていない人には、いよいよ実際の自分の体験からの感覚で受け取らなければならなくなるようです。
それを受け止めきって初めて、日本人の目覚めが一気に起こり、予言の通り日本から新しい世のモデルを世界に見せて、ミロクの世が実現して行くのではないかと感じています。
311はあちらの得意な数字のようなので、念のため明日は備えておいてくださいね。
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