やっとこさ 浮かんだけどうまくまとめられなかったことを、一番うまく言ってくれてたものが出て来たので、転載させていただこうと思います。
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被害者と責任
僕らはみんな受信機と発信機を併せ持っていて、互いに影響を与え合っています。
そう思うと、一人で生きているわけではないので、自分の波動には責任があるわけです。
責任というと、なんだか重たく感じたり、自分や他人を責める道具のようにも見えたりもしますが、責任という本当の意味は被害者の対極にあります。
分かりにくいと思うので説明しますね。
周囲がこんなだから、私は幸せにはなれない。
状況がこんなだから、私は元気がない。
このような立場を、被害者の立場と言います。
被害者は、自分の幸不幸を周囲のせいにしていて、自分は悪くないのにという思いが根底にあります。
許すも許さないも私次第だというわけです。
一方、責任の立場をとる人は、周囲の状況が悪ければ、自分次第で変えていけると考えます。
周囲が不幸の波動を発揮しているのなら、自分の波動をもって明るく変えていこうというわけです。
幸不幸は自分次第だと考えます。
うっかりすると、つい被害者の立場をとりたくなるのが人間です。
そのような傾向を回避するには、「気づく」ということが必要になります。
気づけば、選ぶことができます。
いけない、またやってた。責任の立場に変えてみよう」
というわけです。
気が付かなければ、選択はありません。」
ずっとその世界観の中で、文句を言いながら生きていくことになります。
それでは、どうやったら気づけるのでしょう。
簡単です。
いま自分が、不快感を持っているとしたら、まず間違いなく被害者の立場をとっています。
何かか誰かのせいにしているということです。
たしかに事実関係はそう見えるのでしょうが、その気になれば自分次第で「こうしていこう」という立場にもなれます。
感情に気づくのが、その入り口です。
すると目の前の状況が、自分を苦しめる問題から、解決すべき課題に変わります。
問題から課題へ。
このとき、被害者の立場から責任の立場へ変わっています。
そこに執拗な不快感はありません。
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