心が折れない人になるための3つの方法
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=112&from=diary&id=2348282
こんな本が売れるのなら、もっとすごい内容で書けるような気がする。
3つの方法とかって、簡単に出来るよ感をアピールした本ってのもエロいね。
心が折れるって言葉、そもそも格闘技の世界だけじゃなかったっけ?
■痛いところを突かれた時の返し方を決めておく
返し方を決めるってのはうまいとは思うけど、つつかれて痛いトコを痛くないようにするためには臭いモノにふたをするんじゃなくて、抜本的な改革が必要なんじゃないかな?
強靭な精神力にするには、半端ない努力をする必要があると思う。ただ痛い所を痛くないように麻痺させるような努力や訓練をした人間は、相手の痛い所に気が付けないようなデリカシーのない人間になる。
スポーツ選手や、やり手営業マンの一部には痛みを感じなくなった人がいると思う。
私はそういう人が苦手だ。微妙な心の変化に気が付けない。話していてウザったいと感じる。
微妙な痛みを忘れずに、そして自身はその痛みを克服する為には、痛さを感じない人間になってはいけない。痛さを常に感じながら、痛みから逃げずにそれに耐える人間にならないといけない。
それが精神力という物ではないか?
■精神的にきつい時の対処法
精神的にきつい時期の乗り越えかたは、気合いで乗り切るに限る。
中途半端に自分をみつめるだの、リラックスするだの、そういうのはしない方がいいと思う。
上空10mから自分を見ると書いていたが、それは辛い時に限らず、普段から色んな位置にあるカメラで自分を見る事ができないといけないと思う。
上空10mどころか、神様カメラで自分を見たり、相手の頭の中カメラで見たり、国単位のカメラで見たり、宇宙単位のカメラで見たり、家族単位のカメラで見たり、会社単位のカメラ見たり、できれば、それを普段の生活から同時にできるように訓練するべきだと思う。
私もまだまだ完ぺきではないが、できるように努力はしている。
■たまにバカになる
羽目を外して適当にするというのは、バカになるという意味から外れると思う。
規則や法律、道徳や迷惑などという意味では、真面目すぎる人は、そういう足枷をすこし外した方が良いケースはあるとは思うが。
何もしないでぼけっとする時間は毎日取った方がいいと思う。
せめて1時間くらいは。
全裸で踊ったりすると結構解放感があるが、抵抗がある人がやるとかえってストレスになる。
バカになるという言葉も、なんか変な言葉だ。
ウケ狙いというか、かっこつけた言葉というか。
そもそも、心が折れるという言葉が、あまり正しくない。
心は折れない。
甘えた精神で、逃げてしまうだけだ。
と、いう事は、甘えなければ逃げないという事だ。
本当に抑圧が大きくて心が折れるというに適切な状況があるとしたら、軽い鬱などではなく、完全に精神病になり立ち直れない状態を示すのじゃないかな?
最近の風潮で、頑張らない方がうまくいくとか、心が折れないようになろうとか、そういうのが多い気がする。
努力しないと、大きな改革ができる事を望んでいる人が多いから、そういった方がウケるんだろう。実際には結果は努力に完全に比例する訳ではない。いろんな要素が絡み合うので、努力しない人が努力した人より、良い結果を生み出す事はある。
しかし多くのケースにおいて、無駄な方向にエネルギーを最小限に抑えた努力は相当に意味がある。その努力を無駄だとは思わない。
努力すれば必ず報われる訳ではないが、努力した方が報われる可能性が高くなる。
気楽にとか、簡単にとか、そういうのに惹かれるのは分かるが、その気持ちを利用して本を売るのはエロいと思う。
しかし、世の中は需要と供給のバランスによって成り立ってる。
正しいモノがイニシアティヴを握るという可能性は20%程度ではないかと思う。
間違っていても需要がある物が80%。
私の考え方など、おもしろいと思ってくれるのは、100人に1人くらいかも。笑
くだらんなぐさめの本よりずっと正しいとおもうのだが……。
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