「器が大きい人」ってどんな人?
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=112&from=diary&id=2301414
■必要ないことを「必要ない」と言えるのが器量?
『たとえば、社員が社長よりいい車に乗っていたとします。
本来なら社員がプライベートでどんな車に乗ろうがどうでもいいことなのですが
社長からしたら“おれよりいい車に乗りやがって”とおもしろくない気持ちになる
こともあるでしょう。 』って書いてあったけど……。
こういう社長さん多いかもしれないけど、私からしたら全く理解できない。
これを『そんな事どうでもいいよ』と許すのが、器の大きさと書く、この文を書いた人の意すら
正直、理解できない。
許すとか、許さないとかじゃなくて、いい車に乗るのが偉そうだとする気持ちがあるのなら
社長が社員に真似できないほどのクソ高級車に乗ればいいだけじゃないか?
逆にそういうコダワリがないのなら、誰がどんな車に乗ろうが良い訳で。
許せる、許せないの基準が器のデカさではないでしょ?笑
■「どうやって罰を与えるか」ではなく「どうやって許すか」
許せる範囲が大きい人は確かに度量が大きいと感じる。
しかし本来、クソふざけた人間やその行為を許す事ができるのは、本人がしっかりしていて
ふざけた人間を許したとしても、自分の地位や、経済が揺るがない人間がやれる業だと思う。
私のような人間がすべてを許すと、どんどんと貧乏になり、他人からありもしない悪口を言われる時も多い。
お世話した相手に、頭の上でウンコしながらコサックダンスを踊られるような仕打ちを受ける時もある。金を貸している相手からさえも、金を返してもらえないばかりか、クソカスに裏口を叩かれる事もある。
でも私は、そういう人間も許して生きていこうと決めた。
妬み、恨み、怒りは、負の結果しか生まない。
極力、減らしていこうと思ったからだ。
それが器の広さとは思わないが、心は豊かになる。
ただ、経済的には最悪だ。笑
■自分の機嫌は自分で取る
自分のテンションコントロールができない人間は基本ダメ人間だ。
人間は感情の生き物なので、咄嗟に怒ったり、悲しんだりする事は当然ある。
ただ、それを引きずってダラダラと日常生活に支障をきたす事は、良い結果を生まない。
怒りや悲しみを、隠して元気に振る舞うのはあまり良くない。
ガンガン怒って、ガンガン泣けばいい。
ただ、1日本気で怒ったり、悲しんだりしたら、すっきり忘れてしまえるくらいにならないといけないと思う。
必要であれば、1日ではなく、それが1時間だったり、1分だったりする状況もあるだろう。
TPOに応じて、テンションコントロールができる事ができれば、損害は最小限に抑える事ができる。
器のデカさは、どれだけの修羅場をくぐったかや、経済的に成長したかで違ってくると思う。
ただその修羅場のくぐり抜け方、金持ちになり方を、誤っていたのに、成功してしまった人は、もう一生、器は大きくならないと思う。
金や細かい事にセコい人、人の為に体を張れない人、知らない人に親切にできない人、利害がない相手に礼節を重んじない人などは、器が小さいと言えると思う。
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