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2012年11月07日17:13

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腑に落ちる

最近なにか違和感を感じる事はそのままにせず、突き詰めて考えるようになったのだけど、そのたび気づきがあって、

知識ではなく、魂に落とし込めるとその疑問が手放せるようになりました。

いつものように、ちょっと言葉ではうまく言えないので、近い事を言ってくれてるものを引用しますね。

結局、自分の腑に落ちる事ならば、他人がなんて言おうが、それでいいんだと感じます。

逆に他人が言った事を無理に鵜呑みにしても、きっとそれは"腑に落ちない"と感じます。

自分の"魂からの直感"を磨いて置けば、巷にあふれる偽の情報に振り回される事もなくなるのではないかと感じています。

http://ameblo.jp/eyeofgod/entry-11387513454.html

「腑に落ちる」 は、最近使う人が少なくなりましたが、由緒正しい日本語です。
 「腑に落ちる」 はある事柄が “腹の底の落ち着き場所にきちんと収まる” ということです。
 「納得」 に近い意味です。
 途中で引っかかるなどして、“落ち着き場所にきちんと収められないでいる” 状態を「腑に落ちない」と言うわけです。


 「腑に落ちない」 の腑は、はらわた・臓腑のこと。
 「腑」 は考えや心が宿るところと考えられ、「心」 「心の底」 といった意味があるため、「人の意見などが頭に入ってこない (納得できない) 」 という意味で、「腑に落ちない」 となった。
 肯定形の 『腑に落ちる』 は明治時代の文献にも見られ、「納得する」 という意味で用いることは誤用ではないが、一般に 「腑に落ちる」 の形で用いられることが少なくなり、使い慣れない・聞き慣れない言葉を使われる違和感から、「正しい日本語ではない」 と誤解されることが多くなった。


 腑に落とす、とは思考で理解することではない。
 知識を蓄えることでもない。


 感情が強く揺さぶられ、魂に消えないデータが刻み付けられることである。


 腑に落とす、ということが起こるに当たって不可欠なのは、感情である。
 DVD-RW のように、一度書いてもまた消せる、というものではない。
 まさに、CD-R。一度書きこんだら、どうやっても、もう消せない。
 

 例えば。
 何か、大変な状況に遭遇した時。
 そういう時というのは、平常心を失って、焦っていることが多い。
 だから、落ち着いて対処している場合ほどには、知恵が働かない。
 で、かなり後になってからー

 「ああ、あの時こうしておけばよかった。知識としては知っていたのに!肝心な時に出てこないんだから!」

 皆さんも、そんなことを思ったことがあるだろう?
 肝心な時にこの知識が思い出せて応用できていたなら、という思いを。
 じゃあ、なぜ一番必要な時にその知っている知識が生かせなかったのか?
 「腑に落とせていない」 からだ。
 しかし。
 本当に苦しい体験をして、本当にある確信や知恵の必要を思い知って。
 知識が単なる情報としてだけではなく、実体験を通して深い感情を介して味わえた時。
 それは、忘れ得ぬ (たとえ忘れても、顕在意識の中だけであり、深層意識に染みついている) 経験となる。
 ゆえに、いざという時にその腑に落とした内容を、思い出せるのである。
 後になって、ああ、あの時どうして思い出さなかったんだろう?と後悔することはない。


 腑に落とせていないことがあるなら、それは質問となる。
 私たち人間キャラは、この世界にあらゆる疑問を腑に落としに来ているようなものだ。
 覚醒するということは、質問 (自分や世界への問いかけ) がやむことである。
 私には、質問がない。
 次の電車は、何分に来ますか? というのはある。そんな次元の話ではない。
 真理への探究が終わったのだ。
 私は、もう誰かに師事して学ぶことはない。
 ただ、分かち合うだけ。
 腑に落とせているから、(相手が納得するかは別として) このブログでQ&Aに答えることができる。
 腑に落とせていなかったら、決して発信などできない。どこかでボロが出て、破綻する。


 では、腑に落とす、ということを私なりにまとめてみよう。


 �|亮韻世韻任覆�、強い感情体験を必ず伴う。
 �∈欧帽錣濾佞韻蕕譟▲螢薀ぅ� (上書き) できない。知識のように、覚えた後に忘れてしまえない。
 ��あまりにも強烈に刻み付けられるので、関連する状況に遭遇した時、出てこないなどということはない。
 �ょイ僕遒箸靴燭海箸六弭� (頭脳) を介さず、反射的に、いつ何時でも素早く使うことができる。
 �ゼ�分の中のある部分とある部分がリンクした感じがし、深い確信が生じる。
 �Α帛イ僕遒箸后� 以前の自分には、もう戻れない。新しい認識の世界に踏み込んだ状態。


 腑に落とす、ということについてプラスのイメージで書いてきたが、もちろんマイナスに働くこともある。
 喜びにつながらない、恐怖を動機とした内容を腑に落とすこともある。
 この宇宙は、自由なところである。
 どういったことを腑に落とし、どういったワールド (宇宙) をあなたが形成するのか?
 あなたが自分の部屋を好きに飾るようにー
 あなたは、あなたが腑に落としたいことを腑に落とし、あなたの宇宙を独自にコーディネートする。
 そこに、正しい正しくないはない。善悪はない。良い悪いもない。
 どうしたいか、だけ。


 腑に落とす、という実体験を積みたければ、方法は簡単。


 感情に素直になること。

 
 テラは、素直な感情こそがすべてだと思っている。
 それ以外のものに、耳を傾ける必要なんてない。
 感情に素直になると、感情体験をしやすくなる。
 社会人は、感情を押さえて理性・損得勘定・義理といったもののほうに傾きがち。
 感情を、どちらかというと悪者にしがち。
 かえって、厄介者扱いをする。
 実は、逆だった。
 私たちが 「高度な文明人」 であるために守ってきたものは、逆に私たちを縛り付けてきた。
 裏の裏は表であるように。360度回転すれば元の位置に戻るようにー
 結局、素直な感情の発露こそが自由の鍵だった。
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