昨夜は思い切り寝過ごして仕舞い、盛岡行の夜行バスに乗り遅れる。
やむ無く東京駅近くのネカフェ的な所で一泊。
朝一、6時発の新幹線「はやて・こまち71号」に乗車すべく5時半に東京駅へ。
自由席狙いだったのが、「はやて・こまち71号」は全席指定。
駄目元でみどりの窓口へ。
このお盆の真っ只中に残っているっは思えなかったが、「こまち71号」16号車10番C席が発券された。
喜び勇んで20番ホームに上がると丁度、入線して来る所だった。
6時に発車して、上野に到着すると満席になった。
車内放送でも「本日のはやて・こまち71号はグリーン車も含め全て満席です」と繰り返している。
可成りのラッキーを拾ったのか。
しかし、この列車はA席側から日が入る。
にも関わらず汁さんの隣のおっさんはカーテンを閉めている。
D席側でカーテン閉めてるのはこの隣のおっさんだけ。
景色が見えずアンラッキーなのかも知れない。
那須塩原を通過する頃にようやく車販が来たが弁当や軽食の類いは全て売り切れ。
仕方無しにコーヒーとワッフルの寂しい朝食。
図らずも新幹線に乗る事となったが、「こまち」に使用されるE3系に乗車したのは10年振り。
東北地方で出掛けるのも10年振りだから、えらく足が遠退いていたものだ。
「はやて・こまち71号」は停車駅が少ないのか福島駅をも通過した。
仙台で半分近くの乗客が降り、その半分位の乗客があったが、汁さんの隣は埋まって仕舞った。
仙台停車中に東京行きの「はやぶさ」が入線して来た。
E5系は見れば見る程「初音ミク」
新幹線「はつね」にならなかったのが惜しまれる。
8時34分、盛岡に到着。
盛岡の空はどんよりと鉛色をしている。
ここで当初の予定に追い付き、8時44分発の釜石行き快速「はまゆり1号」に乗り換える。
この列車は4輛編成で、自由席は2輛連結している。
しかし、既に満席で、ガラガラの指定券を発券して貰う。
指定席はかつて急行「陸中」で使われていたキハ111で、リクライニングシートで快適。
座席は4号車9番D席。
花巻までは東北本線を走るが、釜石線は花巻でスイッチバックする為、花巻までは逆向きに走る。
新幹線から在来線に乗り換えると、同じ景色でも見え方が違う。
花巻6分停車で朝食を買う。
そして9時17分、いよいよ釜石線へ初乗車。
新幹線との接続駅である新花巻で半数近くの座席が埋まる。
釜石線の前身、岩手軽便鉄道は宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」のモデルである。
小学校の頃に読んだこの幻想的な路線に乗ってみたいと思っていた。
中学の頃には「遠野物語」を読んでますます、その気持ちは強くなった。
そうしてようやく、この歳になって乗る事が出来た。
北上山地を越える釜石線は大変に山深い。
しかし、狭い渓を縫うように走る訳では無く、視界が広く雄大な雰囲気がある。
なだらかな丘の様な雰囲気でもあり、それでいて深山だから人家は疎らである。
遠野が近づくと、盆地の中を走る。
山は遠くに去り、田畑が広がっている。
南部の曲り家が見えないかと目を凝らすが車窓にはそれらしき物は見付けられなかった。
遠野で自由席からは可成りの降客があったが指定券は殆ど動きが無い。
遠野を過ぎると遠くに早池峰山が見える。
残念ながら頂上付近が雲で隠れている。
ここからは仙人峠を越える為、俄に勾配がきつくなり、深い山へと入って行く。
狭い谷をキイキイと云わせながら走る。
上有住を過ぎ、幾つもの長いトンネルを抜けると眼下に線路が見えた。
これから走る先の路線で、もう少しでループ線になる、Ωカーブで仙人峠を下り降りた先の線路だ。
釜石線の車窓の白眉と云われている。
降りた先にある陸中大橋で運転停車、盛岡行の快速と交換。
そして、釜石に向けて発車して暫くしたら警笛が鳴り響き軽いショックと共に急停車。
暫し間があって鹿と衝突した旨のアナウンスが入った。
鹿の撤去と車輛と線路の安全確認で12分の臨時停車。
運転再開してすぐ、視界が開けてなだらかな下りになった。
赤錆の浮いた山田線の線路が近づき、12分遅れの11時10分釜石に到着。
駅構内の「そば処 釜石」にてめかぶそばの昼食。
山田線や三陸鉄道は運休だが、三陸鉄道釜石駅は営業していた。
駅は鉄道模型のジオラマカフェが併設され、鉄道娘等の萌えグッズもあった。
萌えグッズと入場券で増収協力をし、山田線復旧の署名をした。
一日も早い復旧を望んで止まない。
12時3分にキハ48改造の「ふるさとの風釜石」が到着。
臨時列車で車内は簡リクになっており、此方に乗っても面白かったかなとも思う。
12時20分の花巻行きに乗車、遠野を目指す。
車輛は一般型のキハ100。
勾配を上がり、陸中大橋が近づくと、車窓左上にこれから走る路線が見える。
仙人峠を越える勾配を過ぎ、上有住から鬱蒼とした山中を抜け13時22分に遠野に到着。
次の列車まで2時間近くあるので、遠野の観光をする。
近場で手軽なのは遠野城下町資料館と、とおの昔話村。
とおの昔話村は明治期の旅籠「高善旅館」を移築したもの。
二階の客室は柳田國男や折口信夫らも度々宿泊した部屋。
日本民俗学発祥の部屋と云えるだろう。
14時から土地の婆様が語る昔話もあって楽しめた。
京都から来たと答えたら目を丸くしていたが。
昔話を聞いた後、建物を散策。
随所に明治からの旅籠の雰囲気を残している。
今となっては貴重な遺構だ。
資料館にあった昔話の教科書のイラストが秀逸。
今時には無い味わいがある。
駅に戻ると、改札前と云う事もあり、駅舎の外まで行列が出来ていた。
次の快速「はまゆり6号」の座席指定券は取ってあるから問題無いが、自由席だとまず座れなかっただろう。
4号車7番A席に座り、花巻へ。
流石に疲れが出たのかうとうととして仕舞い、目が醒めたら花巻停車中。
際どいタイミングであった。
16時43分発の一ノ関行きに乗り、一ノ関から仙台行きへ乗り継ぐ。
一ノ関の立ち食いで軽くそばを手繰り、17時55分発の仙台行きに乗車。
小牛田で下車し、陸羽東線の18時52分発の鳴子温泉行きに乗車。
陸羽東線も今回が初乗車。
しかし、19時03分到着の新幹線接続駅である古川にて下車。
今夜の宿である東横イン古川へチェックイン。
306号室で長い1日を終えた。
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