昨日は、旧3000系引退記念のシールラリーに行って来ました。
臨都閣下、ゲオ様と淀屋橋駅にて無事に合流。
淀屋橋のシールをゲット。
そこから出発すると思いきや、すぐ近くの大江橋駅へ移動。
まずは中之島線に乗車。
ゲオ様、これがおけいはん初体験。
初の乗車車輛は2400系でした。
実際に工事で使用したシールドマシンのカッター部分の一部がモニュメントとして保存されているので、それを見学。
ゲオ様ご満悦で京橋へ移動。
ゲオ様中之島線全線走破です。
京橋でシールを受け取って、天満橋へ。
京橋駅に掲げてあった海がめのイラストが可愛い。
淀屋橋に戻り、いよいよ出町柳行きの特急に乗車。
車輛は勿論、8000系。
ゲオ様の希望でダブルデッカーの2階席に乗車。
進行方向右側の座席でした。
10時10分、無事に発車。
ゲオ様初の京阪特急に、初の2階席とあって大興奮でした。
寝屋川付近で、窓外に車庫が見えてくると
「そろそろ止めた方がいいんじゃね?」
って位のはしゃぎっぷりww
まあ、後ろの席の爺さんが音楽聞きながら自ら歌うと云う事をしでかしておりましたので、さほど迷惑では無かったと思いますww
途中、旧3000系特急とすれ違い、汁さんが
「このタイミングだとウチらが中書島についたタイミングで、折り返して来るかも知れないね」
と予言。
男山を掠めて三川合流の木津川、宇治川を渡り伏見の下町を抜けて、出町柳に無事、到着。
ゲオ様本線と鴨東線を走破。
シールを受け取り、今度はダブルデッカーの1階席で三条へ。
ここでもシールを受け取り、小腹が空いたので志津屋のカルネで腹拵え。
そして、四条へ移動して最後のシールを受け取り、無事にシールラリーは終了しました。
ここからは観光にチェンジ。
特急で中書島へ移動。
ホームにカメラを構えた人が多く、ひょっとしてと思って、暫しの待機。
2600系でアングルの確認。
そして、出町柳行き特急入線のアナウンス。
淀屋橋方面から入って来た車輛は、旧3000系。
汁さんの予言的中でしたww
荷物にはなりましたが、望遠レンズ持って来たのは大正解でした。
ゲオ様も3000系を間近に見て大興奮で御座いました。
3000系フィーバーの後、お昼過ぎとあって、ホームの蕎麦屋で昼食。
閣下は「準急」、ゲオ様は「快速急行」、汁さんは「急行」でした。
「美味しさと温かさがお腹に急行!」と云うフレーズにやられましたよww
昼食後、閣下の希望で淀城へ。
淀駅は高架駅に生まれ変わり、場所もかなり東側へ移動してました。
しかし、コンコースの無人っぷりは、建物が新しいだけに可成り不気味。
昔は淀城の前に駅があったのに、移転したから少し歩きます。
汁さんも中学の時分以来の淀城でした。
建物は何も残っておらず、本丸の石垣と堀の一部を残すのみですが、それも味わいがあってよいものです。
天守台の石垣もよく残っておりました。
中に入れなくなっていたのは残念でしたが。
淀城見学の後は、汁さんの希望で岩清水八幡宮に参拝。
1日乗車券は男山ケーブルにも利用出来るので、丁度良いのです。
八幡市に移動。
たまたま入線してきた出町柳行きの7000系を撮影。
更に淀屋橋行きの特急は新車の3000系でした。
13時15分発のケーブルカーに乗車、男山を登ります。
このケーブルカーからの眺めもまた格別。
岩清水八幡宮は伊勢神宮・賀茂神社(上賀茂神社と下鴨神社)とともに日本三社の一社であり、更に宇佐神宮・筥崎宮とともに日本三大八幡宮の一社であります。
貞観2年(860年)創建で、皇室の祖神を祀ることから伊勢神宮に継ぐ第二の宗廟として天皇家から崇敬され、多くの天皇・上皇が参拝した神社でもあります。
更に武家からも崇敬を集め、特に源氏が武神として厚く信仰していたのは有名な話です。
そのような神社である為、応永35年(1428年)に、室町幕府の6代将軍を決定する際のくじ引きは岩清水八幡宮で行われました。
本殿及び外殿は重要文化財。
汁さんの好きな神社の一つであり、よく参詣に訪れておりましたが、閣下とゲオ様は初めてでした。
八幡造の社殿はいつ見ても荘厳華麗であります。
参詣後は、徒歩にて下山。
岩清水八幡宮下院鳥居前の走井餅老舗にて休憩。
閣下とゲオ様の注文したかき氷が大変なボリュームでした。
汁さんは走井餅と水羊羹を頂きました。
八幡まで来たら、矢張り走井餅を食べなければなりません。
再び京阪に乗り、閣下とゲオ様の希望で宇治に。
汁さんは一回しか全線走破してない交野線に乗りたかったのですが、否決されました。
中書島で宇治線の電車を待っていたら、再び旧3000系が入線。
曲線を活かしたデザインは今でも古さを感じさせません。
宇治線の車輛は新車の13000系。
まだ新車の匂いがする車輛にゲオ様大はしゃぎ。
途中駅の木幡には矢鱈と萌えな看板があり、汁さん大はしゃぎ。
京都は矢張り、萌えに侵食されている様です。
無事に宇治に到着。
京阪宇治駅の真ん前が、宇治橋。
「瀬田の唐橋」と「山崎橋」と共に、日本三古橋の一つに数えられる橋で、源氏物語や宇治の橋姫伝説でも有名です。
すぐ隣にはJR奈良線が走っております。
タイミング良く京都行きの103系が通過。
ゲオ様も大喜びでした。
宇治の地は、「源氏物語」の「宇治十帖」の舞台であり、平安時代初期から貴族の別荘地として栄えた町。
中でも有名なのが、光源氏のモデルとも云われる嵯峨源氏の源融が営んだ別荘で、これが宇多天皇に渡り、天皇の孫である源重信を経て長徳4年(998年)、摂政藤原道長の別荘「宇治殿」となりました。
その子である関白藤原頼通が永承7年(1052年)に、宇治殿を寺院に改めました。
これが平等院であり、宇治のシンボル的な存在になっております。
そんな訳で、宇治橋を渡り平等院へ。
平等院は今年9月から約2年に渡り修理に入ります。
なので鳳凰堂内にも拝観してみました。
運良く16時10分の、最終のチケットが取れましたので。
時間まで、鳳凰堂周辺を散策し、ミュージアムを見学したり出来ました。
鳳凰堂の中に入るのは初めてで、国宝の本尊阿弥陀如来像とその周囲を楽器を奏で、舞いを舞う国宝の供養菩薩像は平安貴族の思い描いた極楽浄土そのものです。
鳳凰堂自体も勿論、国宝。
平安貴族の浄土への憧れが実に良く解りました。
平等院の後、宇治川先陣争いの碑を見たいとゲオ様が云うので、宇治川を散策。
平等院の参道で猫さんと遭遇。
この旅最初で最後の猫さんでした。
宇治川を眺めながら中州へ。
ゲオ様が見たがっていた宇治川先陣争いの碑へ。
そして、対岸に渡り汁さんが一度行って見たかった宇治神社、宇治上神社へ参詣。
宇治上神社は宇治神社のすぐ裏手にあり、明治維新前は両方の神社を合わせて宇治離宮明神、八幡社と呼ばれ、宇治神社を下社・若宮とするのに対して、宇治上神社は上社・本宮と呼ばれていたそうです。
先ずは宇治神社に参拝。
本殿は重要文化財で、「みかえり兎」のおみくじが可愛い。
宇治神社でおみくじなど見てましたら近所の住民と思われるおばちゃんに
「宇治上神社はもう少し上がった所ですよ」
と教えて頂いた。
勿論、汁さんは知っておりましたが
「勘違いされる観光客も多いので」
との事。
今時珍しい、凄く優しい方でした。
ちょっと上がると宇治上神社の鳥居が見えて来ます。
宇治上神社の本殿は1060年頃のものとされ、現存最古の神社建築と云われております。
鳥居の先に宇治上神社が見えました。
拝殿は、鎌倉時代前期の宇治離宮を移築したものと云われております。
寝殿造の趣きを伝えた建物で、国宝。
境内には宇治七名水の一つで、現存する唯一のものである桐原水が湧き出ています。
此方で手を洗い清めて、いよいよ本殿へ。
現存最古とされる平安時代後期の建造で先に記した通り現存最古の神社建築で、勿論、国宝。
夕方17時前と云う事もあり参拝客も殆どおらず、世界遺産の国宝を独り占め出来ました。
17時を過ぎて、頃合いも良く、宇治を離脱。
17時22分の中書島
行きに乗車。
中書島から伏見の町を軽くぶらつく。
寺田屋の前等を通り、アフター会場の「鳥せい」へ。
鶏料理に舌鼓、1日の疲れもぶっ飛びます。
それで大いに歓談し、散々と呑みかつ喰って、解散。
夜の酒蔵は、何気に味わいがあります。
また、伏見酒蔵巡りもやらねばなりませんね。
臨都閣下とゲオ様には色々とお世話になりました。
第2回おけいはんの旅は今月19日にやろうかと思います。
今日は普通に出勤。
天気が良かったのに15時過ぎに夕立に見舞われ京都で立往生。
しかし、昨日に夕立が無く本当に良かったと思います。
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