■娘の自殺手伝った両親逮捕…首つるひもを準備
(読売新聞 - 07月28日 03:07)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=2097359&media_id=20
自殺は良くない! 自分を殺すのも犯罪だ!!
などと、数年前までは思っていた。
今も、良いことだとは思ってない。
そして自分もどんなつらい事があっても自殺しようとは思わない。
生きたいと願っても生きられない人がいる。
自殺は生への冒涜だ!!
と、昔は思っていた。
しかし、最近は、生きたいやつだけ生きればいいじゃんと思うようになった。
生の執着は、実は単なる動物的本能であって、そんな崇高な物ではないのではないか?
人間が生きるという事は、世界にとって、宇宙全体にとって、大した事ではないのではないかと思う。
生を操る事は、神への冒涜?
セックス以外の方法で、自分の分身や、存在してはいけない生命体を作り上げるのはしてはいけない事?
自らの命を粗末にするのは、してはいけない事?
その理由はなんだろうか?
おそらくは、人類が滅亡する速度が早くなるからだろう。
遅かれ早かれ、地球は無くなる。
アンドロメダに飲み込まれるか、太陽に飲み込まれるか、それがいつかは分からないけど、必ず終焉は来る。
だからといって、滅亡の時期を早める必要はないのだが、地球にとって人間が適正な数を超えて増殖した害虫であるのならば、その数が自然淘汰されるのは自然な事ではないかとは思う。
その淘汰のされ方が、本来であれば、悪人だけで優先して殺してくれればそれに越した事はないのだが、世の中の摂理はそうはなっていない。
なんの罪もない子供が事故などの犠牲になったり、病気でなくなったりする。
淘汰のされかたというのは、ランダムであるという事だ。
それは戦争で、なんの罪もない一般市民が殺されたり、伝染病で何の罪もない人々が死んだりするのも、含まれるという事だ。
その中に、自殺という幕の閉じ方も含まれるのではないかと思うようになった。
自殺は、自らの意思で命を絶つ行為だが、そうする人間の割合が、最初から社会の状態により%がおおよそ決まっているとしたら、それは淘汰の自然の摂理の一貫なのではないか?
そして、その大きな力に逆らうには、心とか、生き様とかそういう道徳的な事ではなく、神羅万象の摂理を勉強する必要があるのではないかと考えるようになった。
私の知り合いでは、今まで4名が自殺した。
(ウチ1名は、自殺に見せかけた他殺だと思われるが、警察は何にもしてくれなかった。)
その人数が平均的なものかどうかは分からない。
自殺はダメ、戦争はダメ、暴力はダメ、イジメはダメ、痴漢はダメ。
そろそろ、そういう考えを押し付けるだけでは、世界は何も変わらないと気がつく時期じゃないか?
もっと、生物としての根本的な摂理や、現実世界に起きている神羅万象の流れを考えて、そこから解決策を出していかないといけないと思う。
人間は頭がいいのだから、道徳や教育などで、個々の知能による抑制を図った方が良いという考え方は、間違っていない。
しかし、それだけでは永遠に数%から数十%の例外を出し続ける。
他人が悲しむ事は、してはいけません。
自分がされて嫌な事は、他人にしてはいけません。
それはとても大事な事だけど、それだけでは何の根本的な解決にはなってない。
権利を与えられた時、武器の所持を許可された時、権力や特権を与えられた時、平和を約束された時、すべては、そうなった時に自分をコントロールする術を持っていないと、狂ってしまう。
モンスターカスタマー、モンスターペアレンツなども、権利を与えられて、暴走するアホだ。
武士道や、騎士道など、権利や階級を与えられているからこそ、品性を持つという考えは非常に素晴らしいと思う。
平和を与えてもらっているからこそ、基本的人権を与えてもらっているからこそ、弁論の自由を与えてもらっているからこそ、それにあぐらをかかず、感謝し、その権利を振りかざしまくらないように上品に生きるべきではないかと思う。
自殺をする人間、イジメをする人間をなくすということは、世界中を平和にするより難しいと思う。
もしかしたら、世界中から、人間が死んでしまう難病をすべて取り除くくらいの難しさかも知れない。
今ある立場や権利やいろんな状況を変に利用したり、恨んだりせず、素直に感謝する事ができれば、最悪な状況であっても、幸せを感じる事ができると思う。
皆がそうする事ができれば、少なくとも悲しむ人間の人口だけは減少させる事ができるように思う。
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