1000個もリンゴを連続して剥いた経験がある人は、100個のリンゴの皮を剥く事を
簡単な事だと思うだろうが、普段最高でも3個くらいしか剥いた事がない人にとっては
100個のリンゴの皮を剥く事は、絶望感を味わえるほどの果てしない世界だ。
ただ、双方100個のリンゴを剥くという行為が変化する訳ではない。
心が折れるという事は、こんなにも違うという事か。
耐える必要がある痛みや、疲れ、恐怖、絶望の10倍をくらって生きていれば
大体の事ではもう心が折れない。
人間、叩かれたら強くなる。
ただ、叩かれ過ぎて折れたら、立ち直れなくなる。
ありえないほど我慢したら、普通の我慢は平気になる。
ただ我慢ばかりが主の人生だとしたら、何のために我慢をしているのか
本末転倒ではないか?
何のために精進するのか?
何の為に忍耐を覚えるのか?
何の為に努力するのか?
後の人生を楽に行きる為ではないのか?
本当に、後の人生がこれで楽になるのか?
みんなの為に自分は存在する訳ではないが、人間1人では生きていけないので
法律を守る事も、マナーを守る事も、全ては自分を守る事につながる。
ただ、法律やルールは万能でないので、常に抜け道や、有利に進めるコツがある。
正直者がバカを見る世の中は間違っていると思うが、理論や正義や思想では飯が食えない。
人生に無駄などない。
どうなりたいかに対して、遠回りはある。
それを、無駄と取るのか取らないのかは気持ちの持ちようだけだ。
一般論も、常識も関係ない。
私は、1000個のリンゴの皮を剥いた事がある人間じゃないと、100個のリンゴの皮を剥く話を語ってはいけないと思うので、私は一度はやってみる。
これが無駄なのかどうかは、まだ分からないが。
どうせ無駄なのなら、無駄を楽しみたいな。
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